本日7月1日、新審査員長に小島翔太氏を迎え、新たな10年に向けて「宣伝会議賞」中高生部門の募集がスタートしました。特別企画の最終回は、前審査員長・阿部広太郎氏による総括です。立ち上げから10年間、賞の基盤を築いてきた視点から、これまでの部門の成長と、これから新しい挑戦を始める応募者の皆さんへのメッセージを届けます。
ここまで中高生の言葉について書いてきました。最終回は、10年、この部門の審査に携わってきた者として、どうしても伝えておきたいことを書かせてください。
ライバルが、レベルを押し上げた
この10年で、中高生部門は驚くほどレベルが上がりました。その背景には、書き手同士の、美しい競い合いがあったと思っています。
山本詩絵さんは、第61回でグランプリ(TOPPANエッジ/「引越しの一番の荷物は、個人情報です。」)とゴールド(ジェーシービー/「ヂャラヂャラした大人には、なりたくない。」)を同時に射止め、翌・第62回ではグランプリ(ベネッセコーポレーション/「AIは、私の志望校を笑わない。」)で連覇を果たしました。
溝部雄己さんは、第61回では協賛企業賞(イミュ/「化粧がダメでも、化粧水がダメな学校はない。」)だったところから、第63回でついにグランプリ(コロワイド/「プロポーズに使いたいお店じゃなくて、プロポーズしたあとに通いたいお店。」)に届いた。
ブロンズや協賛企業賞で満足せずに隣にいるライバルのすごさに驚き、「あそこに行きたい」と願う。その悔しさが、次の一行を連れてくる。審査結果を見ながら私は何度も、週刊少年ジャンプを読んでいるような気持ちになりました。負けたくない、もう一回挑みたい。その純度の高い感情こそが、部門全体を押し上げてきたのだと思います。
審査会は、真剣勝負でした
コピーに優劣をつける。正直に言えば、毎年とても苦しい時間でした。けれど、苦しいのは、どれも本気だからです。「世間ではこう言われている」ではなく、「私は素直な心の声として、こう思う」。そういう一行に出会うたび、審査する私自身の価値観まで、何度も揺さぶられました。教わっていたのは、いつも私のほうでした。
そして今期、私は審査員長のバトンを渡します。さみしさがないと言えば、嘘になります。けれど、不思議と心は軽いのです。10年でこの部門は、毎年あたらしい才能が立ち上がる場所に育ちました。そしてこれからもさらに熱を帯びていくでしょう。いいバトンを渡せることが、ここまでの伴走者としての、いちばんの誇りです。
変わらないものを、信じて
時代は変わります。テクノロジーもさらに変わっていくでしょう。けれど、この10年でただ一つ変わらなかったことがあります。それは「自分の感じたことを、自分の言葉にしようとする姿勢」。それだけは、どんなに時代が変わっても、古びることはありません。むしろ、変化が速い時代ほど、その価値は上がっていく。私はそう信じています。
コラムの第1回に、私はこう書きました。「その1行が、10代を照らしてきた」と。次の10年を照らすのは、たぶん、いま、応募するかどうしようか迷っている、あなたの一行です。
書く前は、少しだけ怖くて、少しだけわくわくする。それでいいんです。その震えごと、まっすぐ書いてください。10年間、本当にありがとうございました。そして次は、あなたの番です。
