では、従業員が自ら考え、行動に移す状態をつくるために、企業は何を設計すべきなのか。
2026年6月23日に開催された「インターナルコミュニケーション・デイ 2026 Summer」では、「感情が動き、行動が変わる〜組織を動かすICの実践〜」と題したパネルディスカッションを実施した。登壇したのは、味の素 人事部 Our Philosophy共感推進グループ グループ長の筧雅博氏、KCJ GROUP 代表取締役副社長の宮本美佐氏、東レ コミュニケーション企画推進室長の半谷太二氏。モデレーターは、ヤプリ 執行役員CMOの近藤嘉恒氏が務めた。
3社の事例から見えてきたのは、インターナルコミュニケーション(以下、IC)を単なる情報発信ではなく、従業員の感情を動かし、行動につなげるための設計として捉える視点だった。
会社のパーパスと個人の志を重ねる味の素
味の素グループは、2030年に向けたロードマップの中で、パーパスを「アミノサイエンスで人・社会・地球のWell-beingに貢献する」と定めた。従来の「食と健康の課題解決」にとどまらず、より広い社会課題の解決を目指す姿勢を示したものだ。
同社では、社会価値と経済価値を共創する考え方を「ASV(Ajinomoto Group Creating Shared Value)」と呼んでいる。一方で、2014年頃にASVを社員に伝え始めた当初は、「ASVとは何か」「自分の仕事とどう関係するのか」といった声もあったという。
こうした課題に対し、味の素グループではASVを自分ごと化するための取り組みを進めてきた。2020年には、人事部門、コミュニケーション部門、経営企画部門などが一体となり、ASVエンゲージメントを高める活動を展開。さらに2024年には、Our Philosophyへの共感を推進する専任組織を人事部内に設置した。
筧氏がこだわったのは、組織名を「浸透」ではなく「共感推進」としたことだ。
「『浸透』と言うと、押し付けられる感じがある。そこで、Our Philosophy共感推進グループという名前にしました」と筧氏は話す。
味の素 人事部 Our Philosophy共感推進グループ グループ長の筧雅博氏
同グループが重視しているのが、従業員一人ひとりの「My Purpose」を言語化する取り組みである。会社のパーパスを一方的に伝えるのではなく、まず個人が人生において何を大切にしたいのかを言葉にする。そのうえで、自分のパーパスと会社のパーパスの重なりを見出し、明日から何に取り組むのかまで考えるワークショップを展開してきた。
ポイントは、トップ自らが実践したことにある。社長や執行役員がMy Purposeを作成し、自ら発表する。その姿を見た従業員が、「自分たちも本気で取り組むものなのだ」と受け止める。さらにMy Purposeは、個人目標発表会や上司とのキャリア面談の中でも活用されている。筧氏は、短期間で一気に展開したことで共通言語化が進み、自然に使われる言葉になってきたと手応えを語った。
現場の感動を従業員の原動力にするKCJ GROUP
KCJ GROUPが企画・運営する「キッザニア」は、子どもたちが職業・社会体験を行う施設である。コンセプトは「エデュテインメント」。楽しみながら学ぶ体験を通じて、子どもたちの生きる力を育むことを目指している。
宮本氏は、同社のICの基盤について「現場の強みを最大のレバレッジにすること」だと語った。キッザニアでは、子どもたちを子ども扱いせず、一人の大人として接する。実社会の約3分の2サイズでつくられた街並み、本物に近いユニフォームや設備、働くことで得られる給料(専用通貨)など、子どもが本気になれる仕掛けが随所にある。
こうした現場で、子どもたちが勇気を振り絞り、挑戦し、やり遂げる瞬間が生まれる。宮本氏は、そうした姿こそが従業員のモチベーションの原点になっていると話す。「現場のスタッフは、日々、子どもたちの真剣な表情を見ています。そこが本当に従業員のモチベーションの源泉になっています」(宮本氏)。
KCJ GROUP 代表取締役副社長の宮本美佐氏
同社では、年に2回、スタッフが一堂に会する「General Meeting」を開催している。全社方針を共有するだけでなく、スタッフ自身がコンセプト「エデュテインメント」を体感する場として設計している。また、現場発の工夫や改善案を集める仕組みも運用しており、半期で約800件の提案が集まるという。顧客満足に関わる「感動指数」は全社KPIにも位置づけられ、現場の価値を全社で共有する指標となっている。
一方で、KCJ GROUPは現在、守るべき価値と変えるべき挑戦の間で模索を続けているという。施設事業として培ってきたリアルな体験価値を大切にしながら、すべての子どもたちに最高のエデュテインメント体験を届けるには、どのような挑戦が必要なのか。宮本氏は、これからのICに期待する役割を「納得と共感の設計」と表現した。
経営と現場をつなぎ、挑戦を可視化する東レ
東レは、創業100周年を迎えた素材メーカーだ。グループ会社は300社を超え、従業員数は約4万6000人。そのうち海外の従業員が約3万人を占める。多様な事業、職種、地域を抱える同社にとって、ICの対象は極めて広い。
同社では2020年から2022年にかけて、理念浸透プロジェクトを実施した。企業理念や経営方針、行動指針などを整理し、「東レ理念」として体系化。社員の理解・共感は一定程度高まった一方で、課題も見えてきた。理念には共感するが、現場の実態とはギャップがある。企業文化として「開拓者精神」を掲げていても、実際には挑戦できていないのではないか。そうした声を受け、東レでは2023年度以降、「経営層と社員のコミュニケーション」と「挑戦を生み出す機会・機運づくり」を軸に新たな施策を展開している。
そのひとつが、経営層と社員をつなぐライブ配信番組「リアルトーク」だ。社長が全国の拠点を訪れ、現場社員と対話する様子を昼休みにライブ配信する。番組はできるだけカジュアルに設計し、社員が経営層を身近に感じられるよう工夫している。
もうひとつの特徴的な取り組みが、表彰制度「はじめの一歩賞」である。成果ではなく、挑戦のプロセスに光を当てる制度で、規模の大小や成功・失敗を問わない。応募に上司の確認は不要で、自薦・他薦も問わない。一次選考を通過した取り組みは社内サイトで紹介され、社員投票の対象となる。投票時には応援コメントも寄せられ、それが挑戦した本人に届けられる。
東レ コミュニケーション企画推進室長の半谷太二氏
半谷氏は、制度設計において「応募してください」と言いすぎないことを意識していると話す。応募数を増やしたいからといってトップダウンの指示になると、部署ごとに件数目標が設けられたりする可能性もあり、取り組みが形骸化しかねない。あくまで自発的な挑戦を可視化し、応援することを重視している。
理屈だけでは人は動かない
後半のパネルでは、「伝えているのに動かなかった瞬間」などについて議論した。宮本氏が挙げたのは、コロナ禍でキッザニアの施設に来場者を迎えられなくなった時の経験である。子どもたちやパートナー企業との接点を失わないため、オンラインプログラムを立ち上げようとした。しかし、従業員の中には、リアルな施設体験こそがキッザニアの価値だという強い思いがあった。
「論理的には、今この環境で接点をなくしてはならないと説明しました。でも、それだけでは動かなかった。共感をどう形成するかの大切さを思い知りました」と宮本氏は振り返る。
後に、オンラインだからこそ参加できる子どもたちがいること、施設に来られない地域や特性を持つ子どもたちにも体験を届けられることが分かり、社内の受け止め方も少しずつ変わっていった。ここから見えるのは、正しさや必要性を説明するだけでは十分ではないということだ。従業員が大切にしている価値を尊重しながら、新しい挑戦の意味をどう共有するかが問われる。
ヤプリ 執行役員CMOの近藤嘉恒氏
これからのICに必要な視点
対談の終盤では、ICの成果をどう測るかという問いも投げかけられた。半谷氏は、エンゲージメントスコアは追っているものの、それがICだけによって上下するものではないと指摘した。人事制度や評価、職場環境など、さまざまな要因が影響するためである。そのうえで、ICについては個別施策ごとに目的を明確にし、狙った変化が起きたかを振り返ることが重要だと述べた。
3社の取り組みに共通していたのは、ICを「伝える」ための活動にとどめていない点である。味の素は、会社のパーパスと個人の志を重ねることで、自分ごと化を促した。KCJ GROUPは、現場で生まれる感動を従業員の原動力として捉え、組織全体に共有しようとしている。東レは、経営と現場の距離を縮め、挑戦を称え、可視化することで、次の行動を生み出そうとしている。3社の取り組みは異なるが、いずれも従業員を受け手としてではなく、意味を解釈し、共感し、行動する主体として捉えている点で共通している。
理念や方針を伝えるだけでは、人は動かない。そこに納得があり、共感があり、自分も関われるという余白がある時、行動は生まれる。3社の実践は、これからのICが「伝える活動」から「行動を生む設計」へと進化していることを示していた。
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