平野克己 日本貿易振興機構アジア経済研究所地域研究センター所長
11月最終週から南アフリカのダーバンでCOP17(国連気候変動枠組条約第17回締結国会議)が開催された。トヨタの大工場がある、日本人も多く住む街だ。ほんらいは、2012年末失効の京都議定書にかわる新しい合意をつくるための集まり――のはずだった。だが、新合意形成の目途はたっておらず、「ポスト京都」の姿は杳として見えない。
1997年に京都で開かれたCOP3で、日本政府は開催国としての責任をまっとうし、1990年比6%の温暖化ガス排出削減義務を負って京都議定書をまとめた。1970年代の石油危機以降、世界でもっとも効率的な省エネルギー経済を構築してきた日本は、それだけ削減余地が少ない。したがって、国内においてはどの国よりも削減コストがかかる。となれば、「クリーン開発メカニズム」(CDM)を使って開発途上国などで温暖化対策を進め、技術と金を投入して排出権を購入していくしか目標達成の方途がない。そのCDMを確立したのが京都議定書だった。
日本にとってもう一つのアテは原子力だった。日本のエネルギー基本計画は、将来的には原子力発電の比率を50%以上にまで引き上げることを想定している。25%削減の鳩山イニシアティブなどは、原発比率を加速して引き上げなくては達成のしようがないものだった。
しかしながら、CDMの多国間承認がうまく機能していないことから、2012年末までの6%削減は達成不能の情勢である。さらにそこを東日本大震災が襲った。福島第一原発の事故によって既存のエネルギー基本計画は、もはや破綻したのも同然だ。
日本のエネルギー政策は見直し必至である。国内で原発を新規に建設することは、とうぶん考えられない。火力発電をリニューアルしながら太陽光発電や風力発電を積極的に推進して、多様な電力をスマートグリッドでむすんでいく新しい社会のあり方が求められている。つまり、省エネ技術の蓄積とクリーンエネルギー開発を結合させたスマートシティ先進国になれるかどうかという課題だ。スマートシティといえば中国の「天津エコシティ」やアラブ首長国連邦の「マスダール・シティ」の建設が始まっているが、日本でも日立製作所が、被災した茨城県日立市においてスマートシティ構想を進めている。しかし、当面のつなぎには火力の増強が要るだろうから、CO2排出量は一時的に増えるかもしれない。
これまで安定した電力供給を誇ってきた日本は、空前の原発事故によって国民生活と産業の根幹をゆさぶられ、現在、エネルギー体制の根本的なつくりなおしができるかどうかを試されているわけだ。その国家的試練に、COP17は大いに関わっているのである。
京都議定書においては、開発途上国は温暖化ガス削減義務を負っていない。米国も参加しなかった。一方、世界最大のCO2排出国は中国で、第二位は米国だ。日本は中国のような国に技術を提供して温暖化対策を支援し排出権を取得していくことになるから、つまりは、京都議定書でもっとも得をするのは中国ということになる。したがって中国は京都議定書の延長継続を主張している。そして、もっとも苦しい立場にあるのが日本だろう。
中国は2009年から対アフリカ政策のなかに気候変動対策支援を加え、アフリカ各国で風力発電や太陽光発電施設の設置、小型水力発電所の建設を精力的に進めてきた。これはおそらく、今度のCOP17をみすえた政策であった。中国と同様、京都議定書の延長を求めているアフリカ諸国の票を、がっちり固めようという思惑だと思われる。
中国は「世界の工場」として世界最大の製造業部門を擁し、多大な資源とエネルギーを消費しながら先進国に製品を供給している。そのような中国の立場からすれば、先進国が国内生産を途上国に移転してCO2排出量を減らすことに反発があっておかしくない。中国は、先進諸国に対して削減目標のかさ上げを要求してきた。その中国がアフリカ票を取り込むことに成功すれば、日本はますます不利な立場に追い込まれてしまう。
一方日本はカナダやロシアとともに、米中が削減義務を負わないかたちでの京都議定書の延長には反対している。日本政府のカウンターオファーは、多国間枠組みであるCDMにかわって、各途上国と二国間で排出権を取引できる制度を導入することである。省エネ先進国の日本にとっては、ほかの先進国と同等の削減義務を課せられると不利になる。それよりも、資源効率の悪い国に日本の技術を広く普及させて世界全体の気候変動対策に貢献するという道筋を確立できれば、それがもっとも望ましい。そのほうがおそらく、世界全体で計った費用対効果も高くなるだろう。
電力不足にあえぐアフリカ 日本の活路は技術支援にあり
日本としては、アフリカ諸国に対するバイの気候変動対策支援をコミットすることで、COP17議長国である南アフリカをはじめアフリカ各国の賛同をえたいところだ。しかし、アフリカにおける日本の外交力は中国に遠く及ばない。2009年から手をうってきた中国に比べると、出足も遅かった。
しかしその一方で、資源高のなかで急速な経済成長を続けているアフリカは電力不足に苦しんでいる。そこにビジネスチャンスをみいだした日本企業はアフリカ展開をはかっており、先述の日立も先陣をきった企業のひとつだ。気候変動対策に関する日本政府のアフリカ支援も始まった。COP17開催国の南アフリカにはアフリカ最強の電力公社エスコムがある。赤道以南アフリカの電源の80%はエスコムのものだ。エスコムが中心となって、赤道以南アフリカは超広域の送電網でむすばれている。この電力網のなかには、日本が必要とする資源をもった国も多数含まれている。
九電力会社体制と原発推進政策のなかで、日本国内ではながらく逼塞してきた新エネルギー技術の開発現場が、広大なアフリカ大陸に拓けようとしている。日本がこれから必要としている技術を、アフリカとともに開拓していく地平が広がっているのだ。日本経済の再生と国土復興という喫緊の課題。それとアフリカ開発支援や気候変動対策が、このようにして連動しようとしている。
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