アメリカで注目を集めている“Inbound marketing(インバウンドマーケティング)”とは何か(2)

「アメリカで注目を集めている“Inbound marketing”とは何か(1)」はこちら

Inbound marketingは新たなマーケティングコンセプト

「残念ながら日本にはデジタルマーケティングに精通した広告代理店がない」。一部の広告主の間ではこのような話がなされている。この意味するところは、日本の「ネット広告代理店」は、「“ネット広告媒体”代理店」であり、媒体の売買と運用に精通しているものの、「マーケティング」のナレッジとスキルにおいては未だに重要視されていないように見える、ということである。

それゆえに、ネットを中心としたデジタル領域では、「ソーシャルメディアマーケティング」、「フェイスブックマーケティング」といったように、「プラットフォーム名+マーケティング」というバズワードが広がりやすい。つまり、概念としてマーケティングを捉えているのではなく、メディアやプラットフォームを中心にした、「***マーケティング」という売り物でしかない。「permission marketing」や「viral marketing」のようにコンセプトや手法としての新しさを理解するのではなく、プラットフォームの新しさに群がってしまうような業界状況は悲しい限りである。

Inbound marketingというものも、ともすれば「ソーシャルメディアマーケティングの一種」と捉えられる可能性があるが、そういったものではない。Inbound marketing は、ソーシャルメディアや検索によって人々の情報行動が変わった結果沸き起こっている、新たなマーケティングコンセプトなのである。

Inbound marketingは一つのメディア、一つのプラットフォームを活用するためのものではない。むしろオンラインマーケティングで活用可能な複数のツールを、明確なマーケティングシナリオを持って行おうというのがInbound marketingであると言える。そのため、Inbound marketing summitと言っても、Inbound marketingそのものについてのディスカッションは、ほぼない。

SEOに関するセッションもあれば、video marketing についてのプレゼンもあれば、PR会社のVPのスピーチもある。ソーシャルメディアに関するセッション、コンテンツクリエイションに関するパネルディスカッションもある。Inbound marketingを実現するさまざまなコンポーネントに関するセッションが2日間にわたって続けられる。

デジタル至上主義から「人間中心主義」へ

まず、DAY1 の Morning Keynote を務めたのは、Chris Brogan。AdAgeが選ぶマーケティング関連ブログ、ベスト150(=AdAge POWER150 a daily ranking of marketing blogs)の上位5位内に位置するブロガーでもあるマーケティングコンサルタントだ。 もともと彼の主張として、“Human business works”という考え方があり、いわゆるチャネルやプラットフォームとしてソーシャルメディアを考えるのではなく、いわばマーケティングにおける人間中心主義を訴えている。そんな彼のセッションから飛び出したコトバは例えば、

“Own the relationship, not the platform”
(プラットフォームを持つことに注力するのではなく、関係を持つことを目指せ)
“Even in B2B companies still have humans! Be human in your communications and relationship”
(B2Bの企業にだって人間がいる。コミュニケーションや関係作りを人間的なものにせよ!)

といったもの。デジタル至上主義や乱立するプラットフォームを追いかけることに必死なマーケターたちへの警鐘とも言える発言をしていた。つまり、 Inbound marketingは“get found(見つけられる)”ことから始まるマーケティングであり、Outboundな営業やマーケティングとは違うものの、それは必ずしもこれまでの営業やマーケティングにおける(日本語でいうところの)アナログ・アナクロ的な感覚を否定するものではなく、むしろより人間的(human)なものを目指すべき、ということだろう。

会場はこんなところ

確かに従来型のメディアは lean back (後ろにもたれかかるような)態度で使われるものであったが、検索であれ、ブログ記事を読む行動であれ、モバイルデバイスを使うことは行動であれ、lean forward (前のめりな)態度で使われるメディア、デバイスが増えてきている。ユーザーが lean forward な姿勢で使うのであれば、マーケターとしても、彼らと握手をするような態度が望まれるだろう。

この「人間中心主義」的な考え方は、“The Path to Content Automation” と名付けられたセッションでも展開された。スピーカーは、イベントの主催者でもある The Pulse Network のCMOである、Allen Bonde 。The Pulse Network はソーシャルメディアエージェンシーやPR会社にデジタルチャネル向けのコンテンツを制作したり、イベントをしかけたりする、デジタル時代のコンテンツ&イベント企業である。AllenによればInbound marketingにおけるコンテンツ制作には7つのルールがあるという。

  • THINK – think educational, think episodes
  • TAP EXPERTS – use thought leaders, tap your community
  • TOTAL EASY – to subscribe, to share, to contribute
  • TRANSLATE – repurpose each piece of content
  • TAKEWAY? – clear message + clear call to action
  • TRACK! – analyze how users consume and share, encourage link building
  • THINK TRANSMEDIA bridge online and offline experience

専業主婦からソーシャルメディアのコンサル転身で成功

まず、コンテンツは、相手にとって学びになるものであって、そこにストーリーや数回に渡るエピソードになっているように考えることだという。単にネットで話題になることを目指す viral movies と違って、それを見た人にとって「役立つものになること」というのはこの数年のオンラインコンテンツのトレンドとして間違いのない方向性だ。日本でも博報堂の須田和博さんが「使ってもらえる広告」というキーワードを出しているが、educational というニュアンスを含めるとすると、「使ってもらえる」よりも「学びになる」ことで自分自身の知識や経験が向上するようなコンテンツと考えるほうがより正しいかもしれない。

tap のニュアンスはなかなか日本語になりにくい感じがするが、TAP EXPERTS とは、専門家・詳しい人物に声をかける、連れてくる、活用する、ということ。thought leader 、つまり、人々を引っ張って行くようなものの考え方をする人を、ユーザーがコミュニティに呼ぶ、といったようなことを指している。例えば、専業主婦からTwitter界の有名人になり、『Twitter for DUMMIES』というベストセラーを出した Laura Fittonという女性がいる(彼女もIMS2012のスピーカーだった。その内容については次の機会に)。

一介の専業主婦から(とはいえCornell University卒なので“才女”の部類の人)、ソーシャルメディアのビジネス活用についてコンサルティング会社を立ち上げ、そして、Inbound marketingという言葉の生みの親でもある HubSpot に買収され、現在では同社とInbound marketingのエヴァンジェリストを務めている(Lauraは米国の熊坂仁美さん=ソーシャルメディア研究所、であり、熊坂仁美さんは日本のLauraといった感じ)。このLauraがInbound marketingのエヴァンジェリストとして活躍しているケースなども、expertsをtapした事例と考えていいだろう。

TOTAL EASY は、「参加のしやすさ」と考えてみればいいだろう。メールマガジンや定期的に配信されるコンテンツの購読のしやすさ、コミュニティへのコメント投稿などのしやすさ、など。これは見込み客との継続的なコミュニケーションを行うために必要なことである。継続的に情報を送ったり、問い合わせてもらえるような仕組みをもっておらず、ワンショットのキャンペーンでその出会いを終わらせてしまうのであれば、マーケティング投資におけるリターンを最大化させることなどできない。leads と呼ばれる見込み客を集め(lead generation)、そして彼ら・彼女らを育てる(lead nurturing)ということを前提としたコンテンツのあり方が問われる。ここでも、単に面白いコンテンツを提供すればいいということではなく、常に、そして、継続的購読で、登録者の成長を喜んでもらえるようなコンテンツであるべし、という前述のルールが当てはまる。

TRANSLATE だが、これはコンテンツが様々に“再利用”されていくことを前提に作れ、ということだ。例えば一本のビデオコンテンツを作る時も、YouTubeにアップするもの、Facebookにあげるもの、ないしはPodcasting に使うもの、それぞれのユーザーの視聴態度に応じた長さや編集の仕方があるだろう。このような multipurposeな使い方をするための作り方ができれば、コンテンツの配信先のチャンス、すなわちInboundを得るためのキッカケが増えるという理屈となっている。

被リンクの構築が「見つけられる」ために重要

TAKEAWAY は、分かりやすいメッセージで、次につながるアクションをしてもらうためのコンテンツなどを提供すること、である。例えば、 white paper(各種レポートなど)や webniar(オンラインセミナー)など。単にブログなどでコンテンツを更新しているだけでは、ブログ購読者は増えるかもしれないが、そこから“育てる”見込み客を得ることはできない。そのために無料で“プレミアム”なコンテンツを提供することと引き換えにメールアドレスを登録者のしてもらう、といった努力をしなければいけない。

言わずもがな、TRACK、つまり自分たちのマーケティング活動を評価するためにユーザーの動きなどを把握することは非常に重要である。しかし、Inbound marketingにおいては、“get found”な状況を作るために重要なことゆえに、link building、被リンクが増えているかどうかを追いかける必要がある、という考え方だ。

これはSEO業界関係者にはピンとくるかもしれない。HubSpotがレポートするところによれば、自社サイト内のみで行うSEO= on-page SEOと、被リンクなどによるSEO= off-page SEO と比べた場合、25%:75%の割合で、後者のほうが検索結果に影響を及ぼすという。そのため、被リンクが構築されるためには、どのようなユーザー行動が起こっていて何をしかけるかを考えるためのTRACKをしなければならないのだ。

THINK TRANSMEDIAという最後のルールについては、「オンラインで集めた人々とのつながりと親密性をより深めるために、オフラインのカンファレンスなどを仕掛けましょう」ということを指している。the pulse network という企業にとってのポジショントークな感が否めないが、カンファレンスや展示会で名刺を集めて leads 見込み客を獲得する、という従来の発想とは真逆であるということを指摘しておきたい。順序が逆。見込み客育成 lead nurturing のためのイベントをやりなさい、というのは、頭の中に入れておいてもいいアイデアだろう。

さて、DAY1の午前中に話された内容の解説だけで、この分量になってしまったが、DAY1 の残り、DAY2 、そしてInbound marketing の構造についてはまた続きの文章で。

次回は26日掲載予定です。

高広伯彦の“メディアと広告”概論 バックナンバー

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高広 伯彦(スケダチ代表/マーケティングコンサルタント/ユニバーサルプランナー)
高広 伯彦(スケダチ代表/マーケティングコンサルタント/ユニバーサルプランナー)

1996年博報堂入社。その後、博報堂DYメディアパートナーズ、電通で主にイン
タラクティブ・マーケティング領域のビジネス開発や広告主のキャンペーンに携
わる。2005年にグーグル日本法人に入社し、新しい広告のインフラづくりに取り
組む。2009年1月に独立し、「スケダチ 高広伯彦事務所」として活動。広告主の
プランニングやビジネス開発を支援する。

株式会社スケダチ: http://sukedachi.jp/
個人ブログ: http://mediologic.com/weblog/
Twitter: @mediologic, @sukedachi_jp
Facebook: sukedachi

高広 伯彦(スケダチ代表/マーケティングコンサルタント/ユニバーサルプランナー)

1996年博報堂入社。その後、博報堂DYメディアパートナーズ、電通で主にイン
タラクティブ・マーケティング領域のビジネス開発や広告主のキャンペーンに携
わる。2005年にグーグル日本法人に入社し、新しい広告のインフラづくりに取り
組む。2009年1月に独立し、「スケダチ 高広伯彦事務所」として活動。広告主の
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