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環境倫理学入門(1)京都議定書の失敗

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加藤 尚武 京都大学名誉教授

化石燃料の消費を減らして地球の温暖化を防ぐという話題はどこに行ったのだろう。原子力発電を止めたら、地球の温暖化は加速されるのではないか。世界的に天候が不安定になっていて、穀物・食料品の価格が2000年以来上がり基調になっている。それがアフリカ各地での政治紛争の原因とされている。「世界が良くなる」というムードが消えつつあるが、「市場経済が調整機能を失った」とか、「自由化を妨げているものを除け」とか、何かが悪いとやり玉に挙げて見せる材料がなくなっている。うっすらと濁った世界の底で進行する、環境問題という世界の危機の明確な姿を捉え直そう。

京都議定書のもとで石油消費は増大し続けている

エネルギーGDP
世界のGDPとエネルギー消費の推移

京都議定書(2005年2月発効)の目標は、温暖化の原因となる化石燃料の消費を抑制することである。加盟国の1990年の排出実績を基準にして、締約国全体で5%の削減を目指していた。削減の目標となる温暖化原因ガス(GHG)は、二酸化炭素(CO2)、メタン(CH4)、亜酸化窒素(N2O)、ハイドロフルオロカーボン(HFCs)、パーフルオロカーボン(PFCs)、六フッ化硫黄(SF6)の6種類あるが、CO2が圧倒的な割合を占めているので、指標としてはCO2の排出量だけを見れば、問題点が分かる。

第一に、世界全体でエネルギーの総消費量とGDPの総額とは、つねに正の相関を示していて、世界全体では「エネルギー消費を抑えても経済的には繁栄する」という可能性を示していない。第二に、エネルギー消費に占める石油、石炭、天然ガスという化石燃料の依存度は、フランスを除く先進国ではおおむね80%であり、東京電力福島第一原子力発電所の事故(2011年)の影響で、原子力から非在来型の化石エネルギーへと転換する傾向が大きく、化石燃料への依存度が高くなる傾向にある。2008年実績では、日本83%、アメリカ85%、フランス51%、ドイツ80%、中国84%(『エネルギー白書2011』50頁)である。

第三に、石油、石炭、天然ガスは価格の上昇と消費量の増大が平行している。経済学の教科書には、商品は価格が上昇すれば、消費量が下降すると書いてあるが、第二次大戦以後のデータを見ると、石油価格の上昇と消費量の拡大が同時に進行している。市民のための環境問題のシンポジウムで、私が「石油の場合には、価格の上昇と消費量の拡大が平行している」と発言したら、同席していた経済学者が「そんなはずはないでしょう」と言ったことがある。しかし、これは否定できない事実である。その経済学者は「おかしいな。そんなことってあるのかな」と発言したので、会場が爆笑につつまれた。

京都議定書の前提となっていたのは「一般に商品は価格が上昇すれば、消費量が下降する」という価格法則である。それによって化石燃料を限度以上に消費した国が、排出権を買うという形で、市場価格以上の支払いをするならば、自由主義の原則を否定することなく、化石燃料の消費量を抑制することができるという予測であった。石油については、「価格法則が成り立たない」ということを経済学者は認めない。認めたら、経済の基本法則を知らないと非難されて、学者の地位を追われてしまいかねない。実際は、経済学が間違っていた。京都議定書をとりまく経過がそのことを明らかにした。

第四に、京都議定書では排出権を売って利益を得た国が、それによって石油を購入するので、排出権というシステムはたとえ一国規模で化石燃料の消費量を抑えたとしても、地球規模では、消費量を抑えられないという問題点は、まったく見逃されていた。

そして中国、インド、ブラジルといったいわゆる「低開発国」が、経済成長期に入っていくと、燃料消費量の増加がますます加速されるという傾向を見くびった。実際には中国は、自国の資源が枯渇することを恐れ、「資源ナショナリズム」戦略をしいている。つまり、京都議定書が完全に履行されたとしても、地球温暖化防止という目的の達成には寄与しない。

「冷戦後」国際関係の模索期の試行

Berlin

壁の「崩壊」を祝うベルリン市民

ベルリンの壁が壊された1989年11月、世界中が冷戦後の世界秩序を模索しはじめた。冷戦終結のテンポは非常に速かった。11月チェコスロバキアのビロード革命、12月ルーマニアでチャウシェスク政権崩壊、1990年3月東ドイツで最初の自由選挙で東西統一派が勝利、10月ドイツ統一、ソヴィエト連邦最高会議は市場経移行計画を採択。1991年8月、ソ連が69年間の幕を閉ざして消滅した。

rio_summit1992
リオの地球サミット1992のもようを伝える記事
Global Politics’by Andrew Heywood

翌1992年に、ブラジルのリオデジャネイロで「国連環境開発会議」(リオ・サミット)が開かれたとき、アメリカのブッシュ(41代)大統領(1989~1993年在職)の演説に際して、抗議のデモ隊が組織された。そのスローガンは「ブッシュは帰れ、アマゾンはわれらのもの」というものであった。ブラジルで進められていたアマゾンの地域開発に、アメリカの介入があったことが背景になっているが、アマゾン地域では開発のために地域の住民が追放されるという深刻な問題が起こっていた。この時、ブラジルは開発の出発点に立っていたわけである。

サミュエル・ハンチントンは『文明の衝突』(1996年)で、冷戦に替わる国際対立の構図を示したが、その「はしがき」で次のように述べている。「一九九三年の夏、『フォーリン・アフェアーズ』に「文明の衝突?」と題する私の論文が掲載された。この論文は発表されてから三年のあいだに、一九四〇年代以降に同誌が掲載したいかなる論文よりも多くの論議を巻きおこした。さまざまな意見や批評が六つの大陸の数十力国から寄せられた。読者が受けた印象はさまざまで、人々は興味をかきたてられる一方、怒り、危惧し、困惑したわけだが、そのもととなったのは、これからの国際政治の中心をなすきわめて危険な特質は、異なる文明を背景とするグループ間の対立であろうという私の主張だった」*1

冷戦が突然なくなるということは、ワシントンで外交の補佐に当たる人々、軍事関係者にとってはもしかしたら生活の基盤を失うかもしれない大問題である。アイゼンハワー大統領(1953~1961年在職)が退職演説で、産軍複合体(Militaryindustrial complex)がアメリカの支配権を握る危険があることを指摘した。第41代および第43代米国大統領を生み出したブッシュ家は、軍産複合体を生業としてきたと言われる。ハンチントンの「文明の衝突」は、軍産複合体を消滅から防ぐ効果をもった。ブッシュ(43代)大統領(2001~2009年在職)が、就任後直ちに行ったことは、京都議定書からの離脱だった。ブッシュよりも1年先に大統領になったプーチンが、行ったことはエリツイン政権下で民営化されたエネルギー産業を再び国営化することだった。

「プーチン大統領は、ロシア最大の石油大手であるユーコス社を解体して、同社を100%国有の石油会社ロスネフチに吸収・合併させる形で、再国有化した。また、ガスプロムにたいするロシア国家の持ち株比率を51%とし、同社をロシア最大の天然ガス国家独占企業体とした。また、石油やガスの輸送のためのパイプラインの建設・管理は100%国営企業のトランスネフチ社に独占させている」*2

冷戦後、急速に自由主義経済へと転換しようとしたロシアは、プーチン体制の確立とともに「国営資源会社」として生計を維持するという基本方針によって社会的な安定を確保している。他方では、アメリカは、2001年の9・11同時多発テロ以来、軍事的な文明戦争を遂行することによって、「強いアメリカ」を主張し続けている。世界は、資源ナショナリズム、軍事的ナショナリズムの時代となって、冷戦後の国際関係の姿は何かという質問に答えを出した。京都議定書は、その答えを出すことができずに混乱していた「冷戦直後の時代」の産物であった。

京都議定書の誤算

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ローマクラブ報告書『成長の限界』(1972年)の影響がなかったら、京都議定書は生まれなかっただろう。石油の涸渇が迫っているという内容が直接的にショックをもたらしたことは確かである。資源の限界、廃棄物累積の限界が存在する以上、無限の経済成長はあり得ない。その真理を『成長の限界』が告げると、直ちに石油の涸渇に結びつくと信じられた。しかし、「ピークオイル」がまだ見られないことで、ローマクラブ報告のなかの正しさ「地球生態系の有限性」が忘れられてしまうという危険がある。

報告書には、次のような文章がある。
「幾何級数的に成長している人口と資本は、その限界に到達するのみならず、固有の遅れをもったシステムの残りの部分が作用して成長をとめるのが間にあわず、一時的に限界をこえてしまう。幾何級数的に増大する汚染の発生は、危険な点をこえても増大しうる。なぜならば、有害な汚染が発生してから何年もたってはじめて危険な点が判明するからである。急速に成長する工業システムは、ある資源に依存する資本をつくりあげることができるが、その後幾何級数的に減少している資源がそれをまかないきれないことに気がつく。

技術的楽観主義者たちは、技術が人口と資本の成長の限界を除去したり拡大したりする能力に、希望を託している。われわれは、世界モデルにおいて、資源の欠乏や汚染や食糧不足のような明白な問題に対して技術を適用しても、なんら本質的な問題の解決にはなりえないことを示した。本質的な問題は、有限で複雑なシステムにおける幾何級数的成長なのである」*3

ここに出てくる「幾何級数」というのは、マルサスが『人口論』(1798年)でつかった数列で、「人口は制限されなければ、等比級数的に増大する。生活資料は、等差数列的にしか増大しない」*4と書かれている。「幾何級数」と「等比級数」は同じ意味で、4、12、36、108のような数列では、ある項の三倍が次の項になっている。そこで「等比」級数という。

等差級数というのは、4、7、10、13のように、ある項に3を加えたものが次の項になっている。ローマクラブ報告書は『成長の限界』ののち、第二報告『限界を超えて』(茅陽一監訳、ダイヤモンド社、1992年)、第三報告『成長の限界・人類の選択』(枝廣淳子訳、ダイヤモンド社、2005年)と続いているが、どれも「幾何級数(等比級数)」という概念を使っている。実際に等比級数で増大するものは存在しない。人口ですら1年間の増大率が2%になった2000年が最大比で、それ以後の増大率は下がっている。

したがって、ローマクラブ報告の予見の的中率はきわめて低い。それにも関わらず、さまざまな指標の相互連関を取りながら、経年で予測数値を出していくという手法の有効性は認めなくてはならない。ローマクラブ第一報告書は、石油の涸渇は「20年以内」という数値を出していたので、それが必ず到来するのであれば、温暖化防止という目的を離れても、石油消費量の制限を国際的に行うことが合理的であると考えられたのだった。


引用文献
*1 サミュエル・ハンチントン『文明の衝突』鈴木主悦訳、集英社(1998年)、13頁
*2 木村汎『プーチンのエネルギー戦略』北星堂(2008年)、20頁
*3 メドウズ等『成長の限界』大木佐武郎監訳、ダイヤモンド社(1972年)、126頁
*4 マルサス『人口論』永井義雄訳、中公文庫、23頁

加藤 尚武(かとう・ひさたけ)
1937年東京都生まれ。哲学者。鳥取環境大学名誉学長(初代学長)。東京大学特任教授。京都大学名誉教授など。1980年代に「バイオエシックス(生命倫理学)」を日本に導入。環境倫理学の創設者としても知られる。『バイオエシックスとは何か』( 未來社,1986 年)、『環境倫理学のすすめ』(丸善ライブラリー,1991 年)、『共生のリテラシー――環境の哲学と倫理』(東北大学出版会, 2001年)、『環境再生・共生を考えるための31 のヒント』(丸善,2004年)ほか著書多数。

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