コラム

シニアの心をわしづかみ!ラジオ通販の女王の販売術

3分の放送で10万円のネックレスが100本売れた

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通販番組に出演し、商品の買い付けから商品紹介まで担うショッピングパーソナリティーの森靖子氏は、長年ラジオ番組に携わり、一時は週に10本以上の番組に出演、ラジオ通販の女王と呼ばれました。「ラジオには、テレビにはないニュース性、リスナーが番組を楽しみに待ってくれるという相互性があり、顧客の意見が受注センターにすぐに反映されるのも、他にはない魅力」と話します。現在、森氏のメイン顧客はシニア世代。リスナーの生活に密着した商品を、工場や産地まで出向いて吟味し紹介。その着実な商品選びが口コミで広がり、ラジオからのヒット商品が生まれています。ここではリスナーに支持されるラジオ通販番組の心得、商品の魅力を伝えるコツについてお伝えします。


森 靖子
1957年京都生まれの神戸育ち。朝日放送の庶務から子会社の通販会社に入り、商品バイヤーを経験。その後通販会社レストフォーを立ち上げ、商品セレクトとユニークなラジオ通販番組を手がける。また顔面麻痺を克服した自らの体験を元に保湿化粧品ブランド「ウフドール」を立ち上げ、テレビやラジオ媒体で活躍中。


朝から晩まで、テレビやラジオは通販番組花盛り。今でこそ、通販は日本人の生活の一部と言えるまでに成長し、認知されましたが、日本で「通信販売」が市民権を得たのはまだまだ最近のことです。

私が「通販」にかかわるようになったのは1980年代。バブル経済にもかげりが見え始めてはいましたが、それでも仕事の後、夜な夜な町に繰り出す人も多かった頃。買い物も街に出て実際に商品を見てから買う、海外でも目で見て触って確かめて商品を買うことが当たり前の時代でした。

それができない無店舗販売、すなわち「通販」は、まだまだ特別なものとして見られていました。1986年、通販会社のバイヤーとして、ラジオというマスメディアを攻略することになった私。当時まだ29歳。「テレビならまだしもラジオで、モノを売る?そんな無茶な!!!」と心の中で叫んでいました。

その頃はテレビ・ラジオ通販の第一次黄金時代とも言える時期ではありましたが、その主役は有名百貨店。ブランド力のある百貨店が提供するテレビ・ラジオ通販番組だけが、一人勝ちで商品を売りまくっていたのです。そこで名もない通販会社がスポンサーとなり、ラジオで商品を売ろうなんて、あまりに無謀。売れるわけない!売れるはずがない!のは当たり前でした。

半年間、毎日ラジオで商品を紹介しても手書き売上表には2個とか8個とかの売上数字が並びます。「森君、きみはくじ運悪いのか?」といわれ、トホホ。 

通販番組で販売する商品を手にする著者。

それが、です。コツというのは確かにあるもので、ラジオ通販の掟なる、売れ筋商品とやらを伝授してくれる方が現れたのです。その結果……
カシミヤのセーターが700枚売れた。
10万円の真珠ネックレスが100本売れた。
ダイヤのブレスレットが100本売れた。
しかも3分ほどの放送で。テレビを差し置いてラジオで。

関西のラジオでこうした猛進撃が始まったのは、1990年頃。「売れた実績」をつくってしまった私は、「ラジオ通販の女王」なんて言われて、ブタもおだてりゃ木に登るでしょ!もちろん私も木に登ってしまい、そしてその後、転げ落ちるんだなあ……ってお話も追い追いいたしましょう。

さあ、ではなぜ、ラジオで、関西ローカルで一気に売れるようになったのか!?
仕入れの大切さと価格設定の大切さは当たり前。それ以前に、ラジオには愛があふれているのです。あなただけに語りかける声やトーンが、商品をラジオで売る鍵なのです。

こうして振り返ってみれば、1990年代は華やかでした!
ラジオ風に締めれば、「今日の1曲、ユーミン 『あの日にかえりたい』」ってとこかな。

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