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コラム

脳のなかの金魚

嘘の力

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「ねぇ、お母さん、ファクトを述べよ」なんて、子どもが言い出したら心配なもの。やっぱり「お話を聞かせて」ですよね。中身はフィクションでも、何か真実に近づける気がするから、私たちはストーリーが好きなのかもしれません。ある“嘘”で人々に「この国に生まれてよかったかも」と感じさせた勇気あるブランドほか、今回は嘘から見えるクリエーティビティをお話しします。さぁ、これからどんな嘘をつきますか。

もう3年前なのに、ときどき思い出すキャンペーンがある。

ルーマニアに、その名もROM(ルーマニアのことですね)というチョコレートがあって、ルーマニアの国旗がパッケージ・デザインになっている。長いあいだ国民的人気のチョコレートであり続けていたが、昨今人気がなくなり、売り上げが激減したという。

なんとか起死回生の挽回策をとメーカーは大胆なキャンペーンに踏み切った。

いきなりパッケージをルーマニア国旗からアメリカ国旗のデザインに変えていっせいに店頭に並べたのだ。

ヨーロッパ人は、実は、おしなべてアメリカ、およびアメリカの文化、商品が大好き。大嫌いということにお約束上なっているフランス人ですら、実は大好きなことは明らかで、初期のゴダールをはじめとして、無数の証拠がある。

コカ・コーラもエルビス・プレスリーもブルース・スプリングスティーンもほんとは大好き。カトリーヌ・ドヌーヴがフォークナーの熱烈な愛読者なのは有名だし、トリュフォーのヒッチコック(イギリス人なんだが主要作はハリウッドに渡ってからということで)に対する尋常じゃない尊敬ぶりは、トリュフォーがヒッチコックにインタヴューした名著『定本 映画術』を持ち出すまでもない。

フランス人にとって、アメリカ人の悪口を言うのは、癖とか趣味というよりもっと進んで、一種の礼儀作法のような教養のようなものだ。お茶とかお花とかギリシャ神話とかシェイクスピアとかワインとかに近い。

当然、長く社会主義にあったルーマニアの人たちの中にも、アメリカ的なるものに対する憧れがある。それ故、その心理を利用して、背に腹は代えられず、マジで受けると思ってパッケージをアメリカ国旗に変えてキャンペーンを張った。そしたら、期待通り売り上げV字回復大成功。

ではない。

ルーマニアの人々は、かんかんに怒り出したのである。“祖国をなんだと思ってるんだ” “国旗を冒涜するのは我々国民を馬鹿にすることだ” “自分たちの金儲けのために国家のシンボルをおちょくるとは何事か”などなど。

ふだんそんなに愛国的と思えない人まで、口々にこのキャンペーンに、ブーイングした。ネット上は当然いわゆる炎上。テレビのニュースでも、この新製品の評判がいかに悪く、大きな騒動になっているかを繰り返し報道した。

およそ1か月後。そのメーカーは、またいっせいに、パッケージをもとの、ルーマニア国旗のデザインのものに戻した。

圧倒的不評と抗議の声にあたかも屈したかのように。というプロセスを経て、もとの鞘に戻ったところ、アメリカ国旗パッケージに変える前に比べて売り上げは倍増した。途中、顰蹙(ひんしゅく)買ってヤバかったけど、最後はいい結果になりました。

めでたしめでたし。

でもない。

キャンペーンを仕掛けた側からすると、実はすべて当初の戦略どおり現実が推移したのだ。

まず意図的に国民から顰蹙を買い、非国民呼ばわりされ、ブーイングをさんざ浴びきった後で、さも無念のようなふりをして、実は予定通りルーマニア国旗パッケージに戻したのだ。

すべて想定内。

商品は、前と何にも変わってないのに、顰蹙の反動で、熱烈に愛されるブランドになって売り上げ倍増を成し遂げて、国民的ブランドの地位を取り戻した。

これも、計画通り。

およそブランドとは臆病なもので、ちょっとした傷さえ怖がる。それは当然で、実際ほんの些細なできごとで、ブランドは生命を絶たれることがある。

だからこそ、ブランド・キャンペーンのシナリオに、一時的にとはいえ、“顰蹙を買う”というプロセスが含まれているのはおそらく初めてだと思われる。弁証法的でダイナミックなシナリオのキャンペーンだ。

この場合、一回顰蹙を買うことで、より強い愛を得るという結果を得た。

一回地獄に行ってから天国を見せるという方法論。強く高圧的な態度を示してから、突然やさしくなる。何だ、こりゃジゴロの方法論じゃないか。

人間きれいに騙されると快感を感じるもので、おそらく彼らの健全な愛国心、即ちこの国に生まれて楽しい的な気分量はけっこう増えたんじゃないかしら。

その意味では、このキャンペーンも、for goodなのであって、こういう一見for goodっぽくないfor goodなアイデア、もっと出てくるといいと思う。

○企画制作/マッキャンエリクソン ブカレスト

「愛国心で腹が膨れるか」と挑発的なコピー。キャンペーン開始から数時間でネット上では議論が巻き起こった。「ROM」ブランドはもちろん、国粋主義者らが暴発して国全体に悪影響を及ぼさないよう、キャンペーン中は「War room(作戦司令室)」と名づけた部屋を設置。24時間体制で議論の監視を行った。
○企画制作/マッキャンエリクソン ブカレスト

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