「ライフタイムバリュー」とは、「一人の顧客がその取引期間を通じて企業にもたらすトータルの価値」

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LTVを高めるマーケティング戦略

さて、LTV主導のマーケティングは、単に顧客の価値を算出し、優先順位付けとマーケティング投資の最適化を行うことが目的ではない。また、ポイントプログラムなど継続利用に応じた特典の提供や、長期契約型の割引プランで制度的な囲い込みを図るといったことだけを指すものでもない。

より本質的なのは、顧客との継続的な関係を軸にした新たな価値創造と、「顧客の中にある」潜在的な需要機会を広げるビジネスとマーケティング戦略を実現することだ。ここではLTVを高めるマーケティング戦略の5つの視点を提示しておく【図3】。

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第1に「個客シェア」を高めること。ある小売業が得意客の調査を行ったところ、多くの人が自社と同じぐらい他のお店でも購買していることが判明した。自社の購買金額は、必ずしもその顧客のロイヤルティを意味せず、総需要の一部しか獲得できていない可能性があるのだ。

さらに顧客にとっての寡占的な第1選択になることで、売上と収益性が大幅にアップすることも明らかになった。

第2に「カテゴリ範囲」を拡げること。アマゾンがオンライン書店から全てのEコマースの代名詞になったように、顧客起点でニーズや課題解決の価値提案を行うことで、ブランド拡張やクロスセルの機会を創造し得る。

第3に、顧客の情報や関係接点を生かして「タイミング需要」を創造すること。顧客のライフイベントやタイミングを起点にすることで、製品起点ではない新たな需要創造を図り得る。

コカ・コーラがソーシャルメディアを活用して展開するリアルタイムマーケティングは、イベントなど顧客の感情の高まる瞬間を捉えたアプローチで、効果的にブランドの飲用欲求を生み出している。

第4に、商品販売だけでなく継続利用を促すサービスや体験価値を高めること。キヤノンはカメラユーザー向けのスクール事業を提供しているが、講座受講者は修了するまでに平均して数十万円の関連商品を購買しているという。

そして第5に、顧客を単なる消費者ではなくブランドのパートナーとして味方につけること。ナイキやスターバックスが顧客との関係を育み、熱心なファンが自発的にクチコミによる商品紹介やコンテンツ開発、コミュニティの運営など、マーケティング活動の価値創造に大きな役割を果たしていることはご存知の通りである。

LTVマーケティングの今日的な進化

最後に、マーケティング環境の変化による今日的なLTVの考え方の進化について触れておこう。そこでは大きく以下の4つポイントが挙げられる。

(1)IT技術の進化

ソーシャルテクノロジーの発達とデータベース技術の進化は一人ひとりの顧客と関係を持つコストを大幅に低下させ、企業と生活者が直接つながる関係づくりが容易に行えるようになった。

→新たなメディアを活用しながら商品購買以前の潜在顧客から関係構築を図り、関係を起点にした価値提案でLTVを高める取り組みが広がりつつある。
無料化でユーザーとの関係を広げ、継続利用価値が生み出された後に収益化を図る「フリーミアム」も、こうしたLTVの概念を拡張したビジネスモデルであると言える。

(2)メディア進化

生活者主導のソーシャルメディアの登場は、かつての企業と顧客の一対一の関係性や、囲い込みの概念を一させた。またスマートフォンなど常時顧客とつながる接点の拡大は、顧客タイミングを起点とした新たなマーケティング機会を生み出している。

→顧客と常につながることでマインドシェアと個客シェアを高める、ターゲットを絞るだけでなく、顧客のネットワークを通じて「連鎖消費」を拡大するなど、製品を超え、顧客の中にある新たな市場機会を捉えることにマーケティング活動の焦点がシフトしつつある。

(3)生活者の主導権拡大

生活者のネットワーク化によりクチコミ情報発信の影響力が増大し、ブランドの評判や売上にもインパクトをもたらすようになった。またソーシャルメディアでのコンテンツ発信など、消費だけではない価値創造の担い手としての存在感が一層大きくなりつつある。

→顧客を消費者としてだけではなく価値共創のパートナーとして捉え、クチコミ・紹介などの顧客を通じた新たな顧客の創造、また「企業活動のリソースとしての顧客価値」をLTVの概念に取り込む戦略が重要になってきている。

(4)デジタルマーケティングの革新

オンライン・オフライン接点のデジタル化の進展によって、マスメディアやソーシャルメディア、リアル店舗などオウンドメディアも含めた全ての顧客接点でのエンゲージメント(つながり)構築の機会が広がっている。

→LTVはダイレクトマーケティングに閉じた概念ではなく、デジタル時代の顧客中心のマーケティングにおける共通言語になりつつある。顧客との直接的なつながりをベースに、LTVの向上を共通の目的にしながらブランド戦略とCRMの概念も統合されつつある。

このようにLTVの概念を、企業から見た顧客の金銭的価値の測定にとどまらず、顧客関係を起点にいかに顧客と共に価値を創造するのか(LTVを生み出すのか)という視点で捉え直していくことで、今日的な顧客主導のビジネスモデルやマーケティングプロセスへの転換を促すことにつながっていくだろう。

CASE STUDY:ライフタイムバリューの実例

1 百貨店A社のロイヤルティ戦略

60日(2カ月)がリピーターの再来店管理の限界→休眠化の判別

60日(2カ月)がリピーターの再来店管理の限界→休眠化の判別

大手百貨店A社は、国内で先行してランク別の会員カードシステムを導入して顧客の購買行動を把握しながら、自社の優良顧客の明確化と顧客維持に向けた取り組みを業界に先駆けて行ってきた。

顧客データベースの分析を通じて会員顧客の構造変化を見ると、上位2割の顧客が約7割の売上を担っていることなどが分かったが、同時に構造的な来店客の減少傾向が課題であることも明らかになった。

同社はRFM分析(R=Recency:直近購買時期、F=Frequency:購買頻度、M=Monetary:購買金額)を行いながらリピーターの平均再来店間隔が約2カ月であることをつかむと(図)、購買頻度(F)が高いが直近購買時期(R)が低下している会員顧客に向け、シーズンの来店モチベーションを促すDMでの離反防止のアプローチを行うことで、優良顧客のLTV向上に一定の成果を収めた。

さらに同社は、購買頻度や金額などロイヤルティの向上している顧客層と低下している顧客層の購買パターンの変化を分析すると、ロイヤルティの上昇は会員更新期など特定タイミングに一気に起こる傾向にあること、逆にロイヤルティ低下は徐々に起こることに気づいた。

加えて、ロイヤルティ上昇層は特定の売り場の利用率が高いことも発見された。靴や下着売場などパーソナルフィットのサービスを提供する売り場と、飲食など滞在型消費が鍵であることを突き止めたのだ。

これは百貨店の本質的価値を示しており、同社は業界に先駆けてコンシュルジェ型サービス売り場の大幅拡充と、飲食体験を軸に滞在時間消費の拡大を図る業態改革を実現することにつながっていったのだ。

2 Pinterestのグロースハックモデル

コーホートヒートマップ

コーホートヒートマップ

米国発の写真共有SNSプラットフォームであるPinterestは、自社ユーザーのエンゲージメントと顧客価値を高めるために、日々の利用行動のシンプルな分析を通じたグロースハックモデル(事業成長のドライバーとなる指標の改善プロセス)を確立している。

同社では、ユーザーを過去28日間の利用頻度から大きく①アクティブ(コア)ユーザー、②不活発ユーザー、③新規ユーザーに分け、その割合をトラッキングしている。例えばコアユーザーに比べて不活発ユーザーが増加すると、なぜその現象が起こっているのか、原因と対処法を考えるシグナルとなる。

また、ユーザー登録からの日数経過に伴うアクティブ率の変化を視覚的に表すコーホートヒートマップ(図)を用いて、登録時期によるリテンション率の変化や低下シグナルを察知することができる。

例えば、ある施策実施やユーザーインターフェイスの改善が、顧客の継続利用にどのように影響するかの仮説検証を高速で行えるというわけだ。 

このように、リアルタイムで顧客の利用行動やフィードバックデータを取得・活用できるようになった今日、LTV向上と事業成長につなげるマーケティングプロセスをいかにスピーディーに実行するかが成功の鍵となっている。

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小西圭介(電通 マーケティングソリューション局コンサルティングディレクター)
東京大学教養学部卒、1993年電通入社。2002年米国プロフェット社に出向し、デービッド・アーカー氏らとグローバル企業のブランド戦略構築に携わる。現在はコンサルティング・ディレクターとして、数多くのクライアントのブランド・マーケティング戦略サポートを行うとともに、多数の講演、執筆などでデジタル時代の新しいブランドおよびマーケティング戦略モデルを提唱している。著書『ソーシャル時代のブランドコミュニティ戦略』、訳書『顧客生涯価値のデータベースマーケティング』ほか。

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