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コラム

『編集会議』の裏側

又吉直樹『火花』をめぐる編集者たち——森山裕之 × 九龍ジョー × 浅井茉莉子【後編】

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変わるべき編集者としての役割

森山:最初に掲載されたのが、1月10日発売の『文學界』ですよね?

浅井:そうですね。しかも年末なので12月半ばには校了しないといけなくて、あまり時間がなかったんです。だから又吉さんの判断スピードの早さには助けられました。疑問があるところに対して、どう修正するかの判断が早いんですよ。その場で「ここは直す、直さない」と決めてくださり、同時に「この場面はどういう意図ですか?」と質問すると、非常に的確に説明してくださいました。何を書きたいのかを明確に認識しているので、その場でのやりとりが非常にスムースでした。文章や小説に正解はないので、わたしは提案はしますが、基本的にはいつも、最終的な判断は作家さんにお任せしています。

九龍:『文學界』は何部までいったんですか?

浅井:初版はいつも通りの部数を刷っていたので、増刷するとなったときは驚きました。最終的には4万部の発行でした。世の中に知ってもらったきっかけは、まず産経新聞に記事が載って、それがYahoo!ニュースに転載されたことではないかと。おかげさまで異例の速さで単行本化が決定し、3月11日に発売されました。

九龍:単行本が出て、40数万部に達した頃に森山さんと飲んでいて、「もし芥川賞を獲ることがあったら、ミリオン(100万部)が見えますね」って話をしたんですよね。でも、それどころじゃなかった(笑)。

森山:これだけ内容があってメジャー感のある作品だから、50万部に手が届くかなというのは、編集者として想像できる範囲でした。ただ100万部を超えて、いまや239万部(9月18日時点)。内容は本当に素晴らしいけど、だからといってここまで売れるとは限らない。どうすればこんなに売れるのかというのは、編集者としても知りたいですね。

九龍:それはみんな知りたいところですよね(笑)。本屋さんが気合いを入れて売りたい本だったっていう感じはちょっとしました。

森山:そうかもしれないですね。又吉くんも本のためにプロモーション活動には積極的だったけど、あっという間に収拾つかないぐらい取材依頼がきてしまった。

浅井:ここまで部数が伸びたのは、本当に色々なことが上手くいったからだと思うんです。最初から一つの作品として色眼鏡なく読んでほしいと思い、帯に「芸人が書きました」というような文言を入れるなどの安直な宣伝はしないと決めていました。時代を捉えていて、“芸人の青春小説”に留まらないものが描かれているからこそ、世の中に受け入れられたのではないかと思います。

九龍:次の作品も楽しみですよね。又吉くんなら淡々と書きそうで、そこがまた頼もしい。

浅井:そうですね、「書く怖さも楽しむ。これから何作も書いていきたい」とご本人もおっしゃっていましたし。

九龍:やはり編集の仕事は、本をつくるだけじゃないと思うんですよね。

森山:九龍くんは形になる・ならないも含めて、色々な人を巻き込んでいくよね。又吉くんに中村文則さんの文庫を渡して紹介したりとか、“種を蒔く人”とでも言うのかな。誰かを見つけてきては雑誌で紹介したり、誰かと引き合わせて飲みに行ったり。

浅井:文芸編集を担当しているからには、作家さんに小説をいただかないといけない立場なので、もちろん重要なのは良い作品をいただくことですが、そのために作家さんと話したり飲んだりすることは純粋に楽しいです。そうした積み重ねがあってこそ、良い作品ができるのだと信じたいですね。

森山:僕は自分は“編集者”であって、会社に所属はしていても根本的には“会社の人間”だと思ったことがないんですよね。作家さんやライターさんと飲みに行き、その場で色々な出版社の編集者と横のつながりができる。会社内でのつながり以上に、外にベクトルが向いています。

浅井:たしかに、あまり会社のために働いているという意識はないかもしれないです。自分にとって楽しいことができればいいというか(笑)、それが結果的に会社の利益につながればと思っています。

九龍:アメリカのようにエージェントを兼ねた編集者のあり方も求められてくるんじゃないですかね。例えば、『火花』はNetflixで映像化されるそうですが、そうした二次利用なんかも、これからどんどん絡んでいく時代になる。そうしたなかで、又吉くんが3冊目、4冊目を書くときに、これまでは文芸誌を出している出版社の担当編集同士でなんとなく順番が決まっていたりするかもしれないですが、作家が“消費”されずに、創作に向かうために、もう一つ上のプランニングを一緒に考える編集者が必要になる気がするんですよ。

森山:自分がそうでしたが、従来、編集者の役割は本が完成したところで終わってしまいました。でもいまは本をつくる前も後も大事ですよね。制作段階からネットでバズをつくり、プロモーション計画を立てる。刊行後も作品にとってふさわしい二次展開を模索し、作品の可能性を広げていく。やることは格段に増えていますが、だからこそ出版には編集者がやるべき余地や可能性が、まだまだたくさんあると思っています。

※『編集会議』2015年秋号では、『火花』編集担当の浅井茉莉子さんインタビュー「『火花』誕生までの舞台裏」を掲載しています!


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『編集会議』2015年秋号
9月16日発売 定価1300円
事前予約もいただけます。


特集「新時代に求められる“編集2.0”」
「良いものをつくれば売れる(読まれる)」という時代が終わり、読者・ユーザーに「どう届けるか」という“コミュニケーションを編集する力”が問われるなか、編集にはどのようなアップデートが求められているのか。編集を再定義しようとする考え方や取り組みを通じて、これからの編集のあり方について考える。

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—あのオウンドメディアの“中の人"の運用術 他

特集「本の最前線はいま 書店会議」
—出版界の勢力関係を解き明かす 出版界カオスマップ

連載「書く仕事で生きていく」
—スポーツライター 木崎伸也「本田圭佑の取材秘話」他


森山裕之(もりやま・ひろゆき)
編集者、ライター。

印刷会社の営業マンを経てフリーライターとして活動し、雑誌『クイック・ジャパン』、『マンスリーよしもとPLUS』の編集長を務める。又吉直樹のエッセイ集『東京百景』の編集を担当。

 

九龍ジョー(くーろん・じょー)
ライター、編集者。

編集した単行本多数。著書に『メモリースティック ポップカルチャーと社会をつなぐやり方』(DU BOOKS)、『遊びつかれた朝に——10年代インディ・ミュージックをめぐる対話』(Pヴァイン/磯部涼との共著)など。

 

浅井茉莉子(あさい・まりこ)
文藝春秋入社後、『週刊文春』『別冊 文藝春秋』編集部を経て、現在『文學界』編集部に在籍。『火花』の担当編集。