コラム

箭内さん!聞かせてください。今日このごろと、広告のこれから。

箭内さん!どうして今、ラジオなんですか?

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—ラジオ局開局のニュースは、ナタリーの小さな記事から始まって、ものの2時間ほどでYahoo!ニュースのトップにもなりました。

そうですね。「納得性」と「疑問性」というか、「なるほど」という気持ちと「なぜだろう」という相反する感情が両方その場に存在するものにこそ、今、力があるんじゃないかと思うんです。SNSの時代だからこそ、かも知れません。自分が理解できない物事への不安は、非常に強い感情ですが、一方で、そういう物事を動かしている人間に対する「何だか目が離せない感じ」というのも、心を強く揺さぶるのだと思います。

周りにそういう印象を与えるためだけにやっているわけでは、もちろんないけれど、僕はそれを自分の“芸”というか、“使命”だと思っているところがあるのかもしれません。即決して、暴走して、形にして、その結果、何だかわからないけど面白そうなことが起きている–そういう状態を生み出し続け、つなぎ続けたい。そう思います。

12月に実施した開局会見の様子。左から箭内氏、パーソナリティを務める谷村新司氏(「OSA(オサ)」)、同じくパーソナリティを務める野宮真貴氏(「美化委員」)、渋谷区商店会連合会会長の大西賢治氏(「監事」)。

—「渋谷のラジオ」開局にあたっては、そういう“使命”を多くの人が自分ごと化している感じもします。

谷村新司さんも記者会見で、「数字、レーティング、聴取率、視聴率。そういうものから解き放たれた場所だったら、ギャランティがどうのってことじゃなくて、誰とも競うことなく、争うことなく、手弁当で一緒に何かつくれる」とおっしゃってくださいました。「そこで何か素敵なものが生まれていったら、それは渋谷にとってとっても素敵な出来事になる。数字とは一線を引いた新しいステージで、面白いものをつくってみたい」と。会見を取り上げた記事の多くが、そこをピックアップしていました。取材に来たメディアの方々も、「そうは言っても」という気持ちと同時に、強い共感があったのかもしれません。

『月刊 風とロック』でもやってきたことですが、それは「0円」が持つ力でもあります。通常の世界だったら経済的に成立しないことを成立させるっていうのは一種の「解放」なんですよね。100ページを超える分厚い雑誌を、なぜ0円で配るのか。採算の合わないことをなぜ続けるのか–さっきの「疑問と納得」と重なる話ですが、そこに人は何かを感じるのだと思います。僕がよく使う言葉、「ハイリスク・ノーリターン」、常に危険なことをやっているわけです。失敗するかもしれないことに手を出し続けているのも、珍しいものなんじゃないかと。それが自分のもののつくり方、逃れられない宿命でもあるのですが…。

—そういうチャレンジングな取り組みを実現させるためには、バックアップ体制というか、座組みも重要なポイントですよね。

そうですね。『月刊 風とロック』が2014年5月に100号を迎えたことを記念して、表参道ヒルズで展覧会をしたタイミングで、「じゃあ次はラジオかな」と、ぽっとつぶやいたことで、僕自身のスイッチは入っていたんだけど、やっぱり、蓋を開けたら簡単なことじゃなかった。免許はもらえるかもしれないし、もらえないかもしれない。もらうためには事業計画も必要になる。とてもじゃないけど、僕一人ではできない–そんなときに、ひとつ大きかったのは、渋谷区の商店会連合会が、街の活性化と災害対策のためのメディアを待望していたということです。商店会が「一緒にやりましょう」と並走してくれたことは、「渋谷のラジオ」実現のために欠かせないことでした。長谷部(健)渋谷区長の応援メッセージも心強かった。始まりは「ラジオ局をつくりたい」という、とてもパーソナルな出発点だったけど、それがどんどんパプリックな動きになっていった。「個」と「公」の思いが、ぐちゃぐちゃに混ざり合っている状態は、全国各地にあるコミュニティとも深く通じる部分だと思います。

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