コラム

(ぎりぎり)20代マーケ女子のひとりごと。

「ポッキー×午後の紅茶」のコラボから、マスプロダクトの“未来”を考えてみた。

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プロダクトはコンテンツの乗り物である。

価格競争が激化し、10、20円の差が大きく売上を左右する消費材のなかで、飲料とお菓子を合わせて300円以上の額を支払うのは、決して安いとは言えません。そんななかでも2つの商品を一緒に手に取っていただけたのは、プロダクトそのものに「コンテンツ力」があったからだと思います。

つまり、InstagramやTwitterに投稿して「いいね!」をもらうためのコストとしての300円は、実は高くないのかもしれないということです。もしかすると、この“戦い”においての競争相手は1時間並んだ上に1000円以上支払って手に入れた、パンケーキやグルテンフリーのアイスクリームだったり、限定コスメだったりするのでは…、と、ひとり妄想しています…。(注:プロダクトですから、“情報”以外の価値は当然あります)

プロダクトそのものがコンテンツとしての価値をもつ好例といえば、クラフトビールやサードウェーブコーヒーなども挙げられます。どちらも、マス広告によるプロモーションの対局にいる存在です。作り手の想いやそれが隅々にまで反映されたプロダクトであり、お客様はその情報も含めて“消費”することで価値を見出しているのだと思います。

一方で、女性向けWebキュレーションメディアの「MERY」が雑誌化されたりと、逆とも取れる現象も起きています。ですが、これらはコンテンツとプロダクトの境目がなくなってきているという、同一現象なのではないかとわたしは思います。

これからの未来において、消費されるマスプロダクトに残された可能性は「コンテンツ力」をどれだけ備えられるか、にかかっていると思います。プロダクトは、それ自体が大きな情報を背負ったメディア化を加速していくのではないでしょうか。

プロダクトはコンテンツの乗り物である――そう考えると、大量生産・大量消費されるマスプロダクトにもまだまだ可能性がある気がしてきました。

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