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会社員の燃え殻さん「僕は渋谷のサイゼリヤで作家になった」

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「作家とは呼べない」なんて言われそうですが

おかげさまで本書は瞬く間に重版がかかり、1か月で7万部を突破しました。この出版不況の時代に、たくさんの方に手に取っていただけた理由は何だろう、と考えたときに、重要なのは、“リズム” と“ビジュアル” じゃないかと思いました。これを言うことで、出版業界の全員を敵に回すかもしれませんが……(笑)。

若者は「読書時間ゼロ」なんて言われますが、今って「“見て” やってもいいか」なんですよね。「読んでやってもいいか」じゃない。つくり手側からすると大変な時代だと思います。その背景には、SNSがあります。毎日あふれんばかりの情報が流れてくる。こんなにたくさんの文字に触れる時代って今までなかったと思うんです。みんな、本は読まないけど文字には触れているんですよね。流れる情景のように言葉が落ちてくるのを横目で見る時代だからこそ、「気持ちよさ」みたいなものが重要視されている気がするんです。

だから、校了前にサイゼリヤで作業したときも、「気持ちいい」と思うフレーズを40個ぐらい挿入していきました。韻や繰り返しのリズムみたいなものがあると、人は心地よさを感じるのかなと思って。不自然に挿入された文章を発見するかもしれませんが、それはこのとき入れたものですので(笑)。この点では、糸井重里さんが帯コピーで「リズム&ブルースのとても長い曲を聴いているみたいだ。」と表現してくださったんですが、まさにそういった作品にしたかったんです。

そんなだから「お前は作家とは呼べない」と言われそうですが、時代に合わせてミュージシャンがリリックを変えていくような“今” の工夫を、ものを書く人たちもしていった方がいい気がして。迷ったら音読して、リズム感がよければ残したし、タイトルもすごく考えました。「見る」というより「引っかかる」、ビジュアルの“強さ” も意識しました。

“にわか”が増えるって超大切なこと

今までのやり方で読んでもらえないなら、「どうやったら読むんだろう?」と考えることが重要だと思います。よく「分かる人だけが分かっていればいい」って言いますけど、「マニアがジャンルを殺す」という言葉もある。ワールドカップのときだけサポーターが増える現象のように、“にわか” の人たちが増えるって超大切だと思うんです。だから、書店の人に、「小説ってどこに売ってるんですか」と尋ねてきた人が僕の本を買っていった、という話を聞いたとき、すごく嬉しかったんです。入り口は、そんな感じでいいんじゃないかと思います。

「“にわか” 読書好き」を増やすには、書いたものを届けるまでの物語を提示することも必要なんだと思います。僕の場合なら「Twitterでしきりにつぶやいている会社員が、小説を書くというわけの分からない旅に出た」っていう物語があるからこそ多くの人が関心を持つんです。だからこそ、書き手の人たちはSNSだけじゃなくいろいろな場に出て、自分の“物語” を知ってもらうことがすごく重要だと思うんです。僕は「本を出したいから出しているんだ!」とか「小説をみんなに読んでもらうために」みたいな詭弁はしたくない。受注産業にいる人間としては今、必要とされている文章や物語は何かを考えていきたいし、そこで最初にやるべきことは自我を消すことだと思うので。


「勤務時間? 8 時から8 時までですかね。両方AMの……」という燃え殻さんの素顔は、テレビの美術制作の現場で働く会社員。一体いつ原稿を書いているのだろうかと不思議になる。「“時間がなくて書けない” って状況は、いつだってそうなんです。“無理やりにでも書く”という環境がないと何もしない性分ですし」と、スキマ時間を見つけてはちょこちょこ書き溜めているそうだ。最近は執筆依頼も増えて、ますます多忙を極めているというが、燃え殻さんは一体いつ寝ているのだろうか(編集部)


『編集会議』2018年夏号では、「大家さんと僕」をはじめとする2018年上半期のヒット書籍の裏側を多数取材。巻頭特集では「“書いて、書いて、書いて、生きていく”という決断」と題し、塩田武士さん、上阪徹さん、藤田祥平さん、燃え殻さん、夏生さえりさん、高氏貴博さんの人生に迫っています。
 

 

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