70年代のアカウントプランナーが見出した「ブランド」という全体性
「セールス」と「感情や感覚を扱うクリエイティブ」の分離は、広告業界の組織においては営業部門とクリエイティブ部門の分離という形で現れました。また、セールス型の「メッセージ記憶」のような定量調査と、モチベーションリサーチによってはじまった消費者インタビューのような定性調査の両方を扱う調査部門は、その両方からも独立している部門になり、ときには営業部門を助け、ときにはクリエイティブに役立つ発見をもたらしました。このような部門ごとの役割は、いまでも珍しくはないように思います。
一方でこのやり方は「メッセージの中味と表現形式」を分けることを意味します。それはプロセス的には広告主と営業が「合理的メッセージの中味」について合意したうえで、そのメッセージを指示書となるクリエイティブブリーフを通してクリエイティブ部門に渡し、それをもとに「メッセージを表現したクリエイティブ」としての広告を制作する、ということです。
そしてこのような分離は多くの場合、メッセージは競合他社と同じでも、クリエイティブが広告として優秀なものをつくれば商品は売れる、ということでもあるし、いくら広告クリエイティブが良くても、メッセージが平凡であれば商品は売れない、ということが起こります。このような問題は、そのまま営業や広告主とクリエイティブの対立として表面化します。そしてお互いに責任をなすりつけあう事態も起こり得るわけです。
このような問題を解決しようとしたアプローチが、70年代に英国ロンドンではじまった「アカウントプランニング」です。それを生み出したJWTロンドンの調査部門、ディレクターであるスティーブン・キングが1970年に有名なエッセイ「ブランドとは何か?(What is Brand?)」で、メッセージの中味と表現を分けるのではなく、ひとつのものとして統合して見るべきだ、と主張しました。彼はそれを統合するのが「ブランド」であると定義したのです。
人々は友人を選ぶようにブランドを選ぶ。わたしたちが友人を選ぶときには、その人に特定のスキルがあるからとか、身体的な特長があるからといった理由で選んだりしないはずだ(もちろんそれらは目に入るものではあるが)。わたしたちは人間としてその人のことが好きになるから友人になるのである。あなたが選んでいるのは全体としての人なのであって、ただの長所や短所の要約ではない。(スティーブン・キング「ブランドとは何か?」より筆者翻訳)
スティーブン・キングはブランドのパーソナリティ(personality:人格)という言葉において「全体としての人」つまり、メッセージと表現形式の統合を試みていました。ブランド、つまりそれぞれの商品やサービスとは、マーケティングを通したコミュニケーションのなかで、合理性とクリエイティブがそれぞれ別々に判断されているわけではなく、切り離せないひとつの全体性として体験するものである、ということです。
そしてポール・フェルドウィックは、スティーブン・キングが(当時知らなかったわけがない)モチベーションリサーチやそれを開発した、アーネスト・ディヒターにまったく言及せず、また巧妙に「深層」や「心理」などに触れずに、これらの論を展開していることに注目します。
そもそもキングが主張するブランドを全体性として示す「ブランドイメージ」とは、ディヒターが心理学における人間の知覚作用を要素の集合ではなく、全体性としてとらえるドイツ語の「ゲシュタルト(gestalt :形態)」の英語の翻訳として、米国に導入されたものでした。
このアカウントプランニングが注目した「ブランド」という全体性は、このあと21世紀に至るまでマーケティングと広告において、重要な役割を担うようになります。
そしてその理論的視野には常に、経済的合理性や合理的説得のみで解決できない「感情や知覚」の領域が含まれます。そしてブランドとは消費者だけでなく、経営者、従業員など、ブランドとそれを取り巻く幅広い人々との関係性から導かれるものになっていきます。それはキングが比喩的に用いたようにブランドには本来、人間と人間の関係になぞらえるような「精神」がかかわるからです。
1990年代のデビッド・アーカーの有名なブランド論でも「知覚品質」という独自の用語が出てきますが、これは実際のブランド商品の品質を表すものではなく、消費者がそのブランドの商品を質が高いものとして認識しているか、という意味であり、物理的な商品改善だけでは解決できないものです。
それは消費者がブランドを全体として捉えたうえで判断するものであって、商品の品質だけでなく、広告コミュニケーション、商品パッケージの品質、取扱店舗の雰囲気や位置づけ、売り場の見え方、店舗スタッフの態度、すべてにかかわってきます。ブランディングがしばしばマーケティング部門のみならず、経営的な視点が必要だとされるのは、その「全体性」のためです。
私が広告会社時代に学んできた、ブランドを分析するツールは必ず「構造」をともなっていました。それはピラミッド型であったり、中心をもつハニカムや円形のものだったりします。そして共通点は精神分析のそれと同様に、「深層」または「上位」の位置関係をもつことです。このような構造は、ブランドが合理的な理性を超えた人間的な精神を扱ううえで必然的に要請されたものなのです。
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