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「ベネフィットと機能」の正しい理解が成否を分ける(内田和成×音部大輔)

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12月に発売された音部大輔氏著の書籍『The Art of Marketing マーケティングの技法』は、あらゆるブランドや組織で使えるマーケティング活動の全体設計図「パーセプションフロー®・モデル」のつくり方、使い方を解説しています。また、基本用語の解説や市場創造の瞬間を追体験できるケーススタディを収録するなど、マーケティングマネジメントの要所が記されています。

このほど、早稲田大学ビジネススクールの内田和成教授が著者の音部氏と本書の内容をもとにディスカッションを行いました。全体最適の必要性やベネフィットと機能の違いから、経営者が持つべき視点についても話が及びました。


内田和成(早稲田大学 ビジネススクール 教授)
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音部大輔(クー・マーケティング・カンパニー 代表取締役)

 


 

イノベーションの存在が環境を一変させる

内田:音部さんの著書、大変興味深く読ませていただきました。

本書のテーマとして貫かれているのが、全体最適の視点です。現場ごとに最適解と判断したところで、ブランド戦略の全体像や進むべき方向が共有されていない状態では有効に機能しない。部門内で意思統一できていたとしても、他の部門が逆の方向に向かっていてはエネルギーの無駄遣い。だからこそ、全体設計図を共有することが大切だというのはその通りだと思います。

勉強になったのはベネフィットと機能の違いについてです。ベネフィットは消費者視点で考えるべきもので、機能は企業視点。これらをきちんと分けて戦略立てていくべきという話は「なるほど」と思いました。

内田和成(早稲田大学 ビジネススクール 教授)

東京大学工学部卒業、慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了(MBA)。日本航空を経て、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)入社。同社のパートナー、シニア・ヴァイス・プレジデントを経て、2000 年から2004年までBCG 日本代表を務める。
この間ハイテク、情報通信サービス、自動車業界を中心にマーケティング戦略、新規事業戦略、グローバル戦略の策定、実行支援を数多く経験。2006年度には「世界の有力コンサルタント、トップ25人」に選出。 2006年早稲田大学教授に就任。著書『仮説思考』(東洋経済新報社)などのベストセラーも持つ。

 
マクニールの『戦争の世界史』から引用した、欧州の戦場の変化と昨今のマーケティングの現場の対比についての記述も興味深かったですね。クロスボウ(弩=いしゆみ)の存在が戦争のあり方を変えてしまったというエピソードは、日本でいえば(長篠の戦いで)織田信長が鉄砲隊で武田(勝頼)の騎馬隊を撃退した話と近いのかもしれません。

イノベーションの存在が従来の常識や戦い方を変えてしまうというのは、今の時代に置き換えると、デジタルによって企業経営やマーケティングの世界で起きていることと全く同じであると説いている。うなずきながら読ませていただきました。さすがです。

音部:ありがとうございます。「ベネフィットと機能」もマクニールも、特に気合いを入れて書いたところです。気に入っていただけてとても嬉しいです。強力な新兵器の導入が活動全体に複雑さをもたらしている点など、現代のデジタル技術がマーケティング全体に与えた影響と似ていると感じています。

音部大輔(クー・マーケティング・カンパニー 代表取締役)

17年間の日米P&Gを経て、欧州系消費財メーカーや資生堂などで、マーケティング組織強化やビジネスの回復・伸長を、マーケティング担当副社長やCMOとして主導。2018年より独立し、現職。消費財や化粧品をはじめ、輸送機器、家電、放送局、電力、D2C、医薬品、IP、BtoBなど、国内外の多様なクライアントのマーケティング組織強化やブランド戦略を支援。博士(経営学・神戸大学)。 著書に『なぜ「戦略」で差がつくのか。』(宣伝会議)、『マーケティングプロフェッショナルの視点』(日経BP)。

 

「パーセプションフロー・モデル」は自動車メーカーでも有効か

内田:一方で気になったこともあります。本書で解説している「パーセプションフロー・モデル」は、どんな企業・ブランドでも有用なのかというところです。

大規模で、組織が機能別にきちんと分かれていて、各部署に専門家がいて、扱っているブランドも個別の製品もたくさんある。そのような企業の場合は「パーセプションフロー・モデル」を活用すべきというのは合点がいきます。一方で、ひとつの事業に専念している会社もあれば、自動車メーカーのように膨大な数の部品を集約して製品が成り立つ企業もある。そのような違いがある中で、すべての会社にこのアプローチがフィットするのでしょうか。

音部:「パーセプションフロー・モデル」は自動車メーカーでも使われています。消費者がブランドと接する機会が多いからこそ、全タッチポイントをうまく統合して全体最適化するという命題があれば、自動車メーカーにもお役に立てるのではと考えます。

内田:自動車メーカーの経営課題はもはや、1台1台のクルマをうまく売ることではありません。「EVをどうするか」という狭い話でもありません。そもそも、自動車が個人の所有から社会のインフラになるかもしれないという、「MaaS(マース)」の世界を見据えることが求められています。そのためにはマーケターより先に、経営層による「私たちはいつまで自動車をつくるのか」という議論こそが必要。そのことを考えるのが経営者の仕事だからこそ、「パーセプションフロー・モデル」でいいのか、と思うわけです。

先達が通った道で失敗することを防ぐために、フレームワークに従うことは有効だと思います。だだ、誰もやったことがないことについて、フレームワークをなぞるのは危険です。経営陣はそこを混同しない方がいいのでは、と思います。

音部:「自動車をつくるのをやめてMaaSに行くべきかどうか」は、このフレームワークで解決する問題ではないかもしれません。ただ、これからMaaSをやろうとしている自動車会社が「パーセプションフロー・モデル」をつくっておくと便利な理由は、仮に失敗したときにその原因が分かりやすくなるからです。やり方が悪かったのか、そもそもMaaSなんてものは存在しなかったのか、その見極めは非常に難しいです。ここを間違えてしまうと、せっかくの良いアイデアも「こんなものダメだ」とあきらめてしまい、結果として他社に先を越されてしまうというのは歴史を見るとよくあります。

内田:「ベネフィットと機能」の使い分けは、そういうときに求められる考え方ですね。私の世代は、車は分かりやすくいうとモテるための手段でした。「いつかはクラウン」のように、軽自動車から始まっていつかは憧れの高級車に乗りたいという価値観を持っている人たちがいる一方で、今の若い人たちのように車を持つことに何の価値も持ってない人がいる。当然、後者をベースにMaaSの世界でも考えなければいけない。今、顧客は何に価値を認めているのか。「所有欲を満たす」「ステイタス」という昔認めた価値観は消し去らなければ大変な目に遭うということは、ユーザーが教えてくれますよね。



次ページ 「優れた機能もベネフィットが明示できなければ成功しない」へ続く