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コラム

エゴマ?という新しいマーケティングの潮流

ポジティブな「エゴ」が社会を動かす

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「出過ぎた釘」でちょうどいい

「最近周りをみていると元気のない人が多いよね?」

1960年代に生まれた 中年男二人の問題提起である。

バブル崩壊後の「失われた10年」から早くも20年が過ぎ、SNSの時代に多くの人たちが「生きづらさ」を感じてはいないだろうか? 賃金も上がらず、時代の閉塞感を感じながら日々仕事をしている。

私たちの世代は、終始雇用が当たり前の世界で、集団の中で個を出さずに周りと同調する形で生きてきました。車を買って、家を長いローンを組んで買って、子供を大学に出して。特にサラリーマンは、50半ばで役職定年を迎えて、後はなんとか会社員として年金がもらえるまで残り続ける。仕事へのモチベーションよりも、とにかく長くそこに居続けることが目的となってしまっている。

人生100年時代に入っていく中で、本当にそれでいいのだろうか? という疑問が沸き上がってきました。ハラスメントが叫ばれ、デジタルリテラシーが問われ、さらには新型コロナによってニューノーマルが求められる。もう周りとの同調は止めて、もっと自分自身を出していくべきなのではないか?

今、元気な人を見ると、自己をしっかりと出している「出過ぎた釘」が多い。もっといい意味で「エゴ」を出していこう、そこから「ポジティブなエゴ」という言葉が頭の中で響きました。また、話を進めていくと逆に「エゴ」を出していく社会環境になってきているのではないか? 特に若い世代が何のためらいもなく、転職していく姿がそこに重なったのです。

そしてこれからの時代を生きる光明として「エゴ」を捉え、「エゴ化」という現象、その現象をビジネスにつなげる「エゴマーケティング」という新たなマーケティングの潮流を見つけ出しました。本コラムでは私たちの仮説である「エゴマーケティング」について複数回にわたって考察を進めたいと思います。

 

携帯電話の普及で加速した「個」の時代

私たちはかつて広告代理店の同僚として仕事をともにしました。今ふたりとも60歳を前に次の一手を考える仲間という間柄になっています。

青谷宣孝は、大手企業のいわゆる宣伝部長を経験し、現在ダイレクトマーケティング会社の役員をしています。明海司は広告をベースにしたマーケティングのノウハウによって6社を渡り歩き、未だに現場仕事に従事しています。二人の共通点は「マーケティング好き」といったところです。

久々に会った場で、何故か2000年ごろから現在までのマーケティング環境を二人で語りあいました。

2000年、世の中はようやくバブル崩壊による「失われた10年」の呪縛から少しずつ解き放たれてきていました。

全体的に景気はさほどよくなかったと記憶していますが、私たちの携わっていた業界は「バブル再び」の様相でありました。それは移動体を含めた通信業界。インターネットや携帯電話の普及が仕事のあり方を一変しました。これらによって便利になる一方、仕事の質量は確実に増えました。簡単に言えば、時間的、場所的な制約がはずれて、効率は良くなったのですが、空間的、時間的な境界線がなくなり、「アソビ」がなくなったのです。この環境は、現在のココロを病む人が増えていることにつながるのではないかと考えています。

インターネットにつながったPCはデータを生み出し、そのデータをつなぎ合わせる。編集加工の工程を一人で行うことを可能にしました。どんどん個人の領域を広げることになり、それにともない緊張領域も増えたのではないだろうか。携帯電話は会社対会社の関係を通り越して、人と人の関係で仕事が進むことを促しました。

「個人」が単位となり、物事の考察が進むようになったのがこの時期あたりからなのではないでしょうか?

マーケティング周辺では、「顧客から個客」と盛んに言われ始めました。いわゆる、One to Oneマーケティングです。

たぶんこの流れはビジネス環境だけではなく、社会環境全般に生じはじめた現象であると捉えていて、個人は組織への帰属の前に「自己」の存在を意識する。自己を中心にして周囲との関係を調整し、「自己」を生かすために「自己」を活かす術を考え始めました。

 

「自己責任」が求められる社会

この23年で、スマートフォンの普及によってますます個人が入手できる情報量が増え、さらにはSNSでの情報発信も可能にしており、マーケティング的にはタッチポイントが消費者の手の中にあることが魅力になっています。このような情報環境は、自己のアイデンティティを鮮明にし、働く環境は「自己責任」の名のもとに、例えば「ジョブ型」という制度に向かいつつある。

これは日本にかつて存在した「滅私奉公」とは真逆であり、今日本全体が目指しているのは、「自己責任」であるといえます。自分の身は自分で守る。当然と言えば当然ですが、終身雇用を前提にして社会生活を送っていた世代にとっては厳しい側面があることは否めません。来年から始まる新NISAも国から自立しなさいというメッセージだと思います。

この先、個人が自己を守り、生き抜く時代に突入する。まず、自己があり、そこに組織がついてくる。組織はチカラのある「自己力」を持つ人をどれだけ集められるのかが課題となり、それを希求する。個人の市場価値は「自己力」の需要と共有のバランスによって決定されてくる。また、強い「自己力」が周囲を救い、幸せにする。

今年3月に開かれたWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で大谷翔平選手がバントをした場面。チームプレイに徹したと思われがちですが、あれはまさに「自己力」に努めた結果がチームへの貢献となったと言えるのではないでしょうか。

ここまで来た時、私たちは、「ポジティブなエゴ」という言葉を口にしました。

これまでエゴはネガティブなイメージの言葉でありましたが、この社会情勢においてエゴは、実は「ポジティブ」な概念に転換されるのではないかと考えたのです。これからエゴ化に人々は向かう。そうであるならば、そのエゴ化を捉えたマーケティングを探求することは非常に意義深いことになるはずである。

ここから「エゴマーケティング」の考察がはじまりました。

エゴラボは、「エゴ化」する社会生活者を追求し、そこに生じるマーケティングチャンスを見出す場所としてここに誕生しました。

エゴラボはエゴマーケティングに対して2つの仮説アプローチを試みます。ひとつは、「エゴ化による社会と個人への影響仮説」、もうひとつは、 「エゴ化する消費者に対するマーケティングの仮説」。

さて次回からは「エゴ化による社会と個人への影響仮説」を深掘りしていきたいと思います。

(次回は10月21日掲載)

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