訪日外国人が日本のローカル観光地を訪ねるようになったのはなぜ?SBNRの視点で分析

いま、世界的に拡大している「SBNR」をご存知でしょうか。SBNRとはSpiritual But Not Religious(無宗教型スピリチュアル)の略で、精神的な豊かさや幸せを日々の生活の中で重視する人々を指します。宗教離れが進み「無宗教」が世界で3番目に多い宗教とされる中で、世界的に増加傾向と言われています。この新たなムーブメントと、マーケティングへの応用を探るシリーズ記事を掲載します。
第2回は、インバウンドツーリズムなど、現代日本で人気の事象を取り上げ、「脱・宗教」と「転・精神文化」の2つの視点で解説します(本記事は、3月21日に発売した新刊『SBNRエコノミー「心の豊かさ」の探求から生まれる新たなマーケット』から一部を抜粋・編集して掲載しています)。

現代日本のヒット事象を「SBNR」を補助線に引いて分析してみる

本記事では、SBNR ムーブメントを「脱・宗教(De-Religious)」と「転・精神文化(Shift to Spiritual)」の2つのアプローチから分析していきます。現代日本で経済価値を生み出している様々なムーブメントを、SBNRという補助線を引きながら分析・考察します。

まずは「脱・宗教(De-Religious)」から。前回の記事でも述べたように、世界的に「脱・宗教」化が進行していますが、SBNR ムーブメントにおける「脱・宗教」は、単に「特定の宗教への信仰意識が薄くなる」ことを指すものではありません。ここでいう「脱・宗教」とは、宗教や精神文化がかつて持っていた社会的な権威や地位が、世俗的な価値観や実践に置き換えられ、それが個人や社会の精神的充足のために用いられることを指します。以下の図でいうと、左上の(宗教的かつスピリチュアル)が右上の(宗教的ではないがスピリチュアル)へスイッチした事象です。

図 「脱・宗教」:精神文化の世俗化と再構築

グラフ その他 精神文化の世俗化と再構築

SBNRエコノミー』より引用

日本は長い歴史の中で、神道や仏教などの宗教的実践を日常的な慣習へと変容させたり、クリスマスのような宗教行事を商業イベント化するなど、国内外の宗教文化や精神文化を柔軟に取り込んできました。この傾向は SBNR の浸透によってさらに強まり、もともとは宗教にルーツを持つヨガやマインドフルネスなどの実践が、生活文化となって社会全体へと広がる基盤を作り出しています。

写真 イメージ ヨガ

元々は宗教にルーツを持つヨガは、「脱・宗教」することで広く受け入れられるものになった。 ©Getty Images

もうひとつは「転・精神文化(Shift to Spiritual)」です。「転・精神文化」とは、既存の非宗教的行為に、宗教の文化や行動様式を一部取り入れることで、行動化・習慣化させることを指します。以下の図で、右下のNot Spiritual&Not Religious(宗教的でもスピリチュアルでもない)が、右上のSpiritual But Not Religious(宗教的ではないがスピリチュアル)へスイッチした事象。ポイントは、その際に左上のSpiritual&Religious(宗教的でありスピリチュアル)の要素やルーツが付与されているということです。

図 「転・精神文化」:スピリチュアルな価値の再発見と応用
グラフ その他 「転・精神文化」:スピリチュアルな価値の再発見と応用

SBNRエコノミー』より引用

例えば、会社帰りなどに定期的にサウナに行って心身を整えたり、リゾート施設などで自然の中に身を置くリトリート系のアクティビティが人気なように、自分の精神的な充足感を得ることを目的とした趣味が広がっていることは「転・精神文化」が浸透している証でしょう。

写真 イメージ 精神的な充足感を得ることを目的とした趣味が広がっている

精神的な充足感を得ることを目的とした趣味が広がっている。 ©Getty Images

2つのメソッドの終着点である右上のSBNRには、宗教を柔軟に再解釈し、応用・実践するための独自の舞台が広がっており、日本にはその舞台を受け入れるための文化的な許容性、柔軟性、そして包摂性が根付いています。そうした環境において、無宗教を自覚する日本人は宗教的な価値観と非宗教的な生活観の間を行き来しながら、精神的な充足と経済的な価値の両立を試みる多様なムーブメントを生み出し続けています。

「脱・宗教」:「苦行」を「楽行」に変えるアプローチ

ここからは、「脱・宗教」の事例を詳しく見ていきます。「ヨガ」「禅」「インバウンドツーリズム」など、「脱・宗教」の事例に共通するのは、宗教の「苦行」を、日常の「楽行」へと転換しているということ。宗教という言葉から想像される「苦行(やらないと)」「教義(従わないと)」「組織(合わせないと)」「伝統(守らないと)」といったことから解放され、どのような人でも実践できるようになっていることが脱・宗教における大事なポイントです。

図 「脱・宗教」のアプローチは「楽行化」
グラフ その他 「脱・宗教」のアプローチは「楽行化」

SBNRエコノミー』より引用

楽行化の4つのポイント:
1.苦行からの解放
宗教における厳しい修行や苦行を伴う実践とは異なり、 SBNR では、個々のペースに応じた無理のないアプローチを重視し、その体験が義務感ではなく楽しみそのものとなるよう設計されています。例えば、ヨガや瞑想のクラスではよく「リラックスし、人と比較しない」という姿勢が推奨されますが、このような環境は、内発的なモチベーションを引き出し、自然に続けられる実践を可能にします。

2.教義からの解放
SBNRの実践では、定められた教義を守るのではなく、自分自身の内面に向き合うことを中心に据えます。そのため体験者は指示を受けるだけでなく、体験を通じて自ら感じ、考える力を育むことが求められます。例えばマインドフルネス瞑想では基本的な手法は伝えられますが、「何を考えるべきか」という内容までは指導されないように、この「考えるきっかけ」を与えることが、体験者自身の内面的な発見を促します。

3.組織からの解放
SBNRでは、組織や集団に合わせるのではなく、個人が独自に実践できる自由さを大切にします。オンライン瞑想クラス、アプリを利用したマインドフルネスやジャーナリングといったツールは、個人での実践を支える新たな仕組みとして人気を集めていますが、これにより、参加者は他者に縛られることなく、柔軟な形で精神的な活動に取り組むことができます。

4.伝統偏重からの解放
SBNRは伝統的な価値を完全に否定するものではありませんが、伝統を「守ること」自体を目的化するのではなく、「未来にどう活かせるか」を重視します。例えば、森林リトリートでは「自然との調和」や「自然の中にいる自分」を体感することを通じて、自然環境を大切にする心を育む取り組みが行われます。このような体験は、現代社会が抱える環境問題や持続可能性への意識を高め、日常生活の中での無駄な消費を見直し、環境負荷の軽減へとつながるのです。

これらすべてのポイントを押さえる必要はありませんが、楽行化が進んでいる事象ほど、より多くの人に受け入れやすいムーブメントになっていることも確かです。これらのポイントを押さえたうえで、実際にムーブメントとして広がった事例を詳しく見ていきましょう。

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宣伝会議 書籍編集部
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宣伝会議書籍編集部では、広告・マーケティング・クリエイティブ分野に特化した専門書籍の企画・編集を担当。業界の第一線で活躍する実務家や研究者と連携し、実践的かつ最先端の知見を読者に届けています。

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