「界隈消費」の時代にも、マーケターがやるべき本質は変わらない
━━昔と今では、「界隈」の意味は変化しています。さらにその意味もバズりを狙って「界隈」ということばを使おうとする人たちによってまた歪められようとしているようにも感じます。当時初めて「界隈」ということばとはどのように出会われたのでしょうか。
2022年ごろから調査活動のなかで、Z世代「界隈」という言葉を使いはじめており、それはトレンドワードという感じではなく、みんなの消費の姿勢に関係しているのではないか、と言動の中から感じました。
コロナ禍があって、知っている人と仲良くなって気の知れた子たちだけと楽しめばいいという感覚へと変わっていったことが「界隈消費」の始まりとなったのではないでしょうか。コロナ禍が明けても、浅く広く人と仲良くする必要はないという感覚はずっと続いていました。消費の仕方も仲の良い友だちが共感してくれるものとか、推しが同じ人とか、何かしらその熱量が共感できる人たちと楽しめるクラスタを「界隈」と呼び、関連する消費にみんながお金を使うような現象が出てきたので、それが彼らにとっての「界隈」だと考えて「界隈消費」と名づけました。
━━実際に若者に会って、それを発見したというのは面白いですね。2022年に現場で発見したことばがSNSでも広まって、ついには2024年のトレンドワードになるという流れは予測されていましたか。
2022年の私たちのラボが発表する『SHIBUYA109 lab. トレンド大賞』のまとめでは「界隈消費」の傾向が生まれてきていることを伝えており、2023年のトレンド予測にも「〇〇界隈」がノミネートに入っていて、当時から少しずつ増えてきてはいました。
━━若者のトレンドは、SNSから生まれてくるという言説もあるかと思います。長田さんは、「界隈」というトレンドを見た際に、どう思いますか。
SNSは拡声器のように皆に知らせ、それが不特定多数に広まっていく場所だと思います。そこから広がっていくトレンドは沢山ありますが、我々の観測している若者の意見だと「みんなが知っているトレンド」に対しては次第に熱量が下がっていく傾向にあります。どちらかというとSNSでたくさんの人に語られていることに影響を受けるというより、身近な「界隈」の中で、「これがいい」と勧められたものに影響を受けているように思います。
━━流行が実際の現場でつくられているという事実は、それほど昔とは変わらないような気がします。
変わらないと思います。最近は多くの人とつながるよりも、「界隈」の人たちだけでいいと、閉じたコミュニケーションのほうを大事にしてきている人たちが多くなっているので、もちろんSNSは大事ですが、「界隈」の中のリアルでの会話など、昔ながらのトレンドの生まれた場所みたいなところに立ち戻ってきている感じがあります。
「界隈」はフラットな関係が特徴なので、発信源になるのはオピニオンリーダー的な子ではなく、本当に普通の子たちです。ただ、その人がどのように喋るかとか熱量を見ていると、流行りそうだな、とか、全然違う環境で生活している人達で共通する発言が複数あれば、次はこのトレンドが絶対来るな、と思うこともよくあります。
━━企業にマーケティングの知見を提供するなかで、「界隈消費」という現象をどのように提案に活用していますか。
この点については私たちもまだ研究段階ではあります。商品開発などで、特定の「界隈」にフォーカスして商品をつくることは可能ですが、本当にそこに受け入れられるかどうかは未知数で、企業が「界隈」というワードを闇雲にマーケティングに活かすのはハードルが高くなっています。ただ、コミュニケーションなどの戦略の部分では「界隈」の概念を活用することができそうです。
「界隈」でみんなが大事にしていることは、相手や「界隈」との距離感や、コミュニケーションのサイズ感、そしてその「界隈」の中で通じている共通言語やテンション感などのコミュニケーションのトーンです。かつてのようにみんなで楽しめるコンテンツをテレビで観てみんなで楽しもうというのではなく、この「界隈」だけで楽しみたいというような世界観があるので、企業はそこをリスペクトするという姿勢でいるのがベターでしょう。ひとつの商品を色々な「界隈」にアプローチするためには、都度「界隈」のトーンに合わせてコミュニケーションの仕方を変えていくということが今のところは一番よいのかなと思っています。
また、それぞれの「界隈」では、どのようなサイズ感やトーンで「界隈」の中の消費やコミュニケーションが楽しまれているのかを研究して、同じ目線で「界隈」を楽しんで商品を提供していくということができたらよいと思います。
━━近年はデジタルマーケティングが台頭していますが、昔ながらの、実際に足を動かしてその場や今回でいう「界隈」に入っていくということの重要性が指摘されます。また資料にも、実際に「界隈」の中に入ってその共感を呼ぶかたちで「界隈」を「盛り上げ」ていくことが有効だと書かれていました。これらは、まさに社会にリアルの場しかなかったような時代にも言われていたことであるように思います。
そうなんですよ。「界隈消費」だからといって、すべきだと思うことはそれほど変わらなくて。SNSだけで分かった気にはならずに、生の声を聴くということが一番大事だと考えています。
「界隈」が新しいことばでバズっちゃったから「次はこれだ!」みたいな感じに皆がなってしまっている気もするのですが…でも、マーケティングでやるべきことは、そこまで変わらないはずです。消費者や「界隈」の中に参加していくということと、自分たちで生の声を聴いて、生の感覚を研ぎ澄ませていくということ、この2つに尽きるのではないでしょうか。
【取材を終えて】
私自身、若者やZ世代といわれる立場にいて、ラボの方がこのような姿勢で日々私たちの解釈に取り組んでくださっているということはとてもありがたいことだと感じました。
ひとりのデータを代替可能な数字の1にしかすぎないものとして扱うのではなく、個に一人ひとり向き合うようにして行われる調査は、その労力の一方で、漠然とした概念ではなく、より個別具体的な一人ひとりの集合体として、若者やZ世代の像を丁寧に描き出すことを可能にするはずです。
社会において若者やZ世代の像がより判然とすることは、企業によるコミュニケーションや理解を円滑にし、より効果的なマーケティングを考えていくことにもきっと寄与するものでしょう。
