全戸配付の広報誌を通じて、町民のために町民の立場になって情報を発信していきたい(奈良県吉野町・井上紀子さん)

広報、マーケティングなどコミュニケーションビジネスの世界には多様な「専門の仕事」があります。専門職としてのキャリアを積もうとした場合、自分なりのキャリアプランも必要とされます。現在、地方自治体のなかで広報職として活躍する人たちは、どのように自分のスキル形成について考えているのでしょうか。本コラムではリレー形式で、自身の考えをお話いただきます。

奈良県 宇陀市秘書情報課の森山博之さんからの紹介で、今回登場するのは奈良県吉野町 町長公室広報広聴室の井上紀子さんです。

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井上紀子氏

奈良県吉野町
町長公室広報広聴室

平成15年入庁。広報広聴室(町営ケーブルテレビ課金業務)、企画政策部門、教育委員会事務局、町営病院事務局、福祉部門を経て平成29年に広報広聴室に再度配属。生まれも育ちも吉野町。1男の母。

Q1:現在の仕事内容について教えてください。

はじめまして。

歴史好きの方ならきっと知ってる「吉野町」の井上紀子と申します。はじめに吉野町をご紹介します。
吉野町は奈良県のほぼ中央に位置する、人口は6千人に満たない小さな自治体です。昭和31年に6か町村が合併して生まれ、来年には合併70周年を迎えます。また、昨年世界遺産登録20周年を迎えた「紀伊山地の霊場と参詣道」の世界遺産を有する町でもあります。

町の中央部を東から西に吉野川(紀ノ川)が流れ、町域の一部は吉野熊野国立公園に指定されています。また春には吉野山の桜が絢爛豪華に咲き乱れ、人々の心を魅了します。

「吉野」は古くは古事記、日本書紀、万葉集にも記述があり、『今昔物語集』をはじめとする説話集などでは神や妖・仙人が住む神秘の世界として紹介され、役行者をはじめとする多くの宗教者たちは信仰の聖地として吉野に集いました。

また歴史の舞台に幾度も現れ、天武・持統天皇、藤原道長、源義経、後醍醐天皇、豊臣秀吉など著名な人物も多く訪れました。

このように、古くから人々を惹きつける地であった吉野。今年新たなシティプロモーション戦略として「挑戦の地、吉野」を始動しました。消滅可能性都市下位10自治体の一つとなり、これまでも関係人口の増加や移住・定住を推し進めてきましたが、この戦略は、修験道の聖地や歴史上の人物の再起の場、多くの文学者に愛されてきた場所であるといった要素を軸としてブランディングを展開し、移住者を受け入れ、その人々の新たな挑戦を応援するための施策を進めるというものです。

今年2月にはプロモーションサイトを開設し、移住・定住・観光情報をはじめとして、吉野町の基幹産業である木材関連産業で夢に向かって「挑戦」をしている移住者を紹介したり、吉野町の実施している各種支援を掲載したりして、100年先にも選ばれる吉野を目指して「吉野ブランド」の魅力向上と情報発信を行っています。

ぜひ「挑戦の地、吉野」のウェブサイトを覗いてみてください。

私の主な業務は広報誌「広報よしの」の企画・取材・編集です。その他、町ウェブサイトの管理や広聴関連業務、地元ケーブルテレビの自主放送チャンネルの番組作成補助なども担当しています。

吉野町の桜

吉野町の桜

Q2:貴組織における広報部門が管轄する仕事の領域について教えてください。

現在、所属する広報広聴室は、平成15年に入庁した際、最初に配属された部署でもあります。

テレビの難視聴地域である吉野町では当時、「コミュニティビジョン吉野(CVY)」という町営の有線テレビを運営しており、広報広聴室では、地上波放送チャンネル等の再送信、町内に張り巡らされているケーブル・放送施設・収録スタジオの保守管理や自主放送チャンネルの番組制作、有線の町内音声告知放送設備と町内電話の運用・管理、有線テレビ使用料の課金業務などを担っていました。また、広報誌の作成も行っていました。

地上波テレビ放送のデジタル化への対応を機に、平成21年、第3セクターのケーブルテレビ局に移行し、現在の広報広聴室では4人の職員が、テレビ関連業務としては自主放送チャンネルの番組作成・送出、有線テレビ施設を使用した町内音声告知放送の運用・管理、広報誌の発行、ウェブサイトや各種SNSの管理、広聴業務を担っています。また、企画政策部門と連携することでシティプロモーション事業にも携わっています。

CVYという略称で呼ばれている自主放送チャンネルは、「全町民が一度は映ったことのあるチャンネル」をモットーに発足から28年を数え、町からのお知らせはもちろん、入学式・運動会を始めとする各学校の行事や様々な町の行事・イベント、社寺の年中行事などを放送し、広く町民から親しまれています。また、カメラ等の機材の貸し出しも行っており、町民が撮影した地域の映像も数多く放送しています。町職員や町民にしか撮ることのできない、超ローカルな情報を放送することで、まちへの関心を深め、愛着心を育むと共に、映像制作を通じて、生きがい作りや自己実現につなげていくまちづくりを進めてきました。

Q3:ご自身が大事にしている「自治体広報における実践の哲学」をお聞かせください。

5、6年前、在吉野町の外国人支援を担当していた地域おこし協力隊の職員(南米在住経験あり)から教えてもらったことに衝撃を受けたことがあります。吉野町在住の、ある外国人の母国では、政府や公的機関からの情報を住民は信用していないので、日本に移住してからも町からの情報を得ようとせず、信頼できる知人からの情報しか信じないのだと。

日本はその外国のような状況ではないですが、町からの情報を収集し、活用してもらうには、やはり日頃からの信頼関係が必要であると思います。その信頼関係に基づく情報伝達を、ほとんど全ての住民との間で可能とするのは、全戸配付で閲覧に道具を必要としない広報誌であると考えます。

【毎月広報誌が自宅に届く】→【手に取り、中身を開く】→【読み手にとって面白く、有用な情報が載っている】→【来月も読んでみよう】

この循環ができてこそ、住民に信頼してもらえるメディアとなります。

住民にどうしたら読んでもらえるか。工夫は様々ありますが、自分が関わっていることや、身内や近所の人が載っていたら読んでしまいますよね。基本的にローカルな情報を載せる媒体なので、いかに身近に感じてもらえるか、親しみをもってもらえるかということを大事にして、日々広報誌を作成しています。

親しみを感じ、日頃から読んでもらう習慣をつけてもらっていれば信頼関係が構築され、何らかの原因で生活が変化したとき、困った時、いざというとき、必要な情報が「広報誌に載っているかも」と頼りにしてもらえるメディアになるのではないでしょうか。

Q4:自治体ならではの広報の苦労する点、逆に自治体広報ならではのやりがいや可能性についてお聞かせください。

悩みの種は、他の部署にとって広報(情報発信)は後回しになりがちということです。町からの情報発信や通知文の作成を広報部局の職員が全て担うことは不可能です。また、タイムリーに情報を届けるという観点からも、それは有効ではありません。従って「職員全員広報」のスタンスが求められます。広報に関する職員研修を実施しても、それぞれ日々の業務が忙しくて情報発信に手が回らなかったり、遅くなったりしてしまうのは、痛いほど分かります。でも、町からの情報が届かなければ、もしくは届くのが遅すぎたらそこで信頼関係が崩れます。

今後もこの「アドタイ」に公開される他市町村の皆さんの記事で、この課題解消のために勉強したいと思います。

広報担当としてのやりがいについて、私の経験をお話させてください。

「これまで男性ばかりが広報誌を担当してきた。井上さんには広報誌を変えてほしい。」異動直後に上司に言われた言葉です。古巣に戻った私でしたが、一眼レフでの撮影もデザインもDTPのオペレーションも全くの未経験。無我夢中で仕事をこなす毎日でしたが、幸いにも広報誌担当経験のある上司がいてくれたことや毎月成果物があるという仕事に、この上ない喜びを感じていました。

しばらくすると「広報誌変わったな」「表紙に写っとった○○さん、ええ顔しとったわ」と反響が聞こえてくるようになりました。逆に別業務が忙しく特集ができない月が連続すると、中学校の恩師から「最近、広報“落ちたな”と思っててん。」という率直な意見も。一方で広報誌は全く読まないという住民もいますが、案外、変化に敏感に反応してくれる人も多いと実感しました。

情報を伝えると反響がある。つまりそこで一種のコミュニケーションが町と町民の間で生まれるんだと気づきました。このことにまず、ローカルな媒体ならではのやりがいと手応えを感じました。

広報よしの千号記念特集で、俳句や短歌を投稿してくれるおばあちゃんを取材したことがあったのですが、そのおばあちゃんから、投稿者の一人がその記事を見て電話をかけてきたと連絡があり、びっくりしました。その投稿者は、俳句談義をしようとおばあちゃんの住んでいる地区名と名前をたよりに電話帳で番号を調べて連絡をしてきたというのです。

小さなことかもしれませんが、広報誌を通じて町民同士のコミュニケーションの生まれた瞬間でした。その後もその交流はずっと続いています。

大げさですが、自分の投稿した俳句の載っている広報誌を、親しみと信頼感を持って読み、それがきっかけで新たな行動が生まれ、交流が生まれ、二人の生きがいにつながっていると言えましょう。

人はどうしても1人では生きていけません。誰かとつながり、交流を持ち、信頼関係が生まれ、生きていける。

我々自治体職員は、住民の生活がより良いものになり幸せな人生となるために存在すると考えます。町民のために町民の立場になって情報を発信する。また、町の職員ならではの視点で企画・取材をして、町民に紹介する。このことで、もしかしたら孤独に生きている人がいたとして、その人を誰かにつなげることができるかもしれない

困っていても誰に頼っていいか分からない、困りすぎて誰にも頼れない。そんな人を1人でもなくしたいという思いで全戸配付の広報誌を作り続けています。

【次回の担当者は?】
王寺町政策推進課 澤彩佳さん

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