ぼられない、だまされない、はめられないための発注リテラシー
受注側の電通を10年以上勤めた私が、発注側の事業会社に転職し、様々なマーケティングの受託企業と接する中で、感じていることがあります。元同業者なので、少々厳しい視点があることを差し引いても、「こんな低レベルが許されるのか」と絶句するような、期待はずれの業者(人)に当たってしまったことも一度や二度ではありません。
「おたくみたいな会社がいるから、業界の風評が悪くなるんだよ」、と心の中で悪態をついていました。今回のコラムでは、どうすればこの「ハズレを引く」という惨事から逃れられるかに想いを巡らせたいと思います。まずは、次に挙げる2つの前提を押さえましょう。
第1の前提としては、【発注者と受注者の利害は不一致である】という認識に立つところからかと存じます。
私たち発注側は株主・雇用主に対して出来る限り安く効果的なサービス(マーケティング等)を調達し、資本効率を追求する責務を負っています。これを怠り、悪質な場合は背任行為となってしまう可能性もあります。
一方、受注側は原価(投下時間・手間暇・再委託費・仕入等)を最小化しつつ、請求金額を最大化することで利益も最大化する責務を株主・雇用主に負います。
ぱっと見てわかる通り、全く折り合わないわけです。まずはこのスタートラインを自覚しましょう。
第2の前提として、そもそもマーケティングのような専門サービスを外注する際、発注側はその分野の知見が乏しいが故に外注しているという背景があります(面倒な作業のアウトソースは別ですが)。したがって、受注側との間に強烈な情報の非対称性が存在しており、受注側が圧倒的に有利です。
そのため、発注側はそもそも受注側と比べて不利な立場で商談をすることが多いという認識が必要です。
この第1、第2の前提に立ち、発注側として株主や雇用主に対し誠実な発注行為を行うために必要な実施事項として下記が挙げられます。
• 最低限『当て馬でもいいから必ず相見積を取る(取らせる)』
• 『知人や外部のノウハウを得られるサービスを利用して、経験者や業界人の話を聞く(聞かせる)』
• 『入門書くらいは読む(読ませる)』
• 『最初から大口の発注をしない(させない)』
一つひとつ見て行きましょう。
■必ず相見積を取る
受注側にいた時、結構なグローバル・エクセレント企業群や官公庁が【ガバナンスとして競合見積取得の義務付け】をしていました。金額次第ではありますが、これをやらずに発注すると、背任、癒着、キックバック等の嫌疑がかかるようです。受注側を競争させるという当たり前の行為、発注側の最大の権能を放棄することになるためです。
逆に、受注側の競争力は「如何に相手に相見積を取らせないか(囲い込むか)」にかかっていると言っても過言ではありません。そのために魅力的なプレゼンや営業トーク、接待などを駆使して、信頼関係を構築(又は演出)します。
しかし、こうした営業マン達の個人の努力だけでは過当競争に陥り労働負担も増すばかりです。しかも属人的なので急激な売り上げ拡大も当然見込めません。そこで市場での競争を避け自社でしか扱えない「独占」を志向します。
今や昔の例かもしれませんが「ゴールデンタイムのテレビCM枠」や「オリンピックの協賛権利・放映権」、「全国紙正月一面広告枠」などです。「一流のクリエーターやプランナー」も大手で独占していたと言えるかもしれません(給与水準的に)。昔の話ですがテレビCM枠などは大手広告代理店が独占し過ぎて公正取引委員会の調査を受けていました。『どこかの市場の失敗は、誰かの超過利潤』の典型例かと存じます。
相見積を取らせない方法として、そもそもの売り物を独占する方法以外に、商取引の仕組みや中身で囲い込む方法もあります。
ここ十数年、マーケティング業界は広告主に対してマーケティング用の各種デジタルツール類を導入・運用する領域にも進出してきました。ここでは如何に【ベンダーロックインするか】という戦略が志向されることがあります。
ベンダーロックインとは、最初のシステム導入だけでなく、その後の保守・運営・更新業務等は必ず導入を担当した受注者に発注せざるを得なくなる仕組みづくりを行う手法です。これにより保守・運営・更新業務やシステム更改で相見積を取られること無く、十分な利益を確保し続けます。
手法は仕様書などのドキュメントを顧客側に残さない、開発部のコードを渡さない、成果物の所有権帰属を受注側にする、著作者人格権の不行使条項を入れないなど、様々あります。
余談ですが、官公庁自治体は長年ITベンダーにベンダーロックインされ続け、ITベンダーの養分と化していたようです。税金を吸い上げているだけではなく、ベンダーロックインはDXを大きく阻害するとされます。事態を見かねた公正取引委員会に調査(官公庁における情報システム調達に関する実態調査)までされています。お金だけでなく、DX、成長の機会まで阻害しかねないのでベンダーロックインは発注側としては厳重注意です。
■経験者や業界人の話を聞く
売り物を独占している、あの手この手でロックインしてくる受注側への対抗策としては、業界に詳しい複数人に話を聞くことが実に有効です。
独占に対しては代替手段が、ロックインに対しては迂回策等が色々とあるものです。しかし独占やロックインを生業にしている受注側は決してそれらを教えません。
何かを独占しているということは、大抵はその商品なり人材を買い占めています。在庫リスクや固定費(人件費)を抱えているとも言えます。売り切るなりフル稼働させないと大きな損失が出てしまいます。是が非でも代替製品や代替手段に気づかせず、スイッチさせず、売り切りたいというインセンティブが強烈に働きます。
また独占やロックインを生業にしていると超過利潤で儲かります。その利益率を前提とした組織体制で成長してゆきます。すると、その利益率を維持しないと組織を維持できなくなります。今更競争環境には戻れない程に肥大化していたりします。
人財の流動性が高まり、最近では受注側だったコンサル、マーケター、SE、プランナーなどが、発注側の事業会社にどんどん流入しています。受注側は中々厳しい時代です。発注側にロックインや独占に対抗できる知識をもった元同業者がうようよいる時代に生き残れる受注側は、本当の一流の実力を持つ企業だけだろうな、とつくづく感じます。
■入門書くらいは読む
受注側には大きく分けて2つの営業スタイルがあります。古いセオリーですが、いわゆるハンター(狩人)とファーマー(農民)と呼ばれるものです。
狩人は確率論の世界で生きており、面倒な客に時間をかけることを嫌がります。出来る限り手間暇かけずに大口発注をしてくれる理想的な顧客を探し彷徨います。
リピートを得て長期的に利益を得るという発想も少なく、短期利益最大化思考なので、顧客満足度等も大して気にしません。100人当たれば一人くらい落とせるだろう、という発想です。
離職率の高い、短期収益思考の受注側企業で常態化し易いと言えます。いわゆる焼畑農業型なので会社の看板を棄損します。しかし腰掛け程度のロイヤリティしかない社員達は勿論そんなことは気にしません。
一方農民は特定の顧客と長期的な関係値を築き、LTV(Life time value)の最大化を志向するスタイルです。win winな関係を志向し、まるで長年連れ添うパートナーのように、顧客と一緒に成長してゆこう、という目線を持ちます。
リピートによる安定収益を狙うので顧客満足度にも敏感です。顧客に貸しをつくる、顧客に投資をする(赤字覚悟でサービスをする)のはこのタイプです。既に安定した収益基盤のあることが前提です。「損して得取れ」を地で行く余裕があります。
発注側としては農民タイプの人とお付き合いすること一択なのは言うまでもありません。しかし、東京は怖いところ、ではないですが、世の中には悪い奴(狩人)が溢れています。狩人の常套手段は田舎から出てきたばかりの初心な人、ではないですが、情弱クライアントをハントすることなので、情弱を脱しないと自衛できません。
こちらが色々知っている、わかっている、ド素人ではないということに気が付くと、狩人は瞬時に切り替えてさっさと次に行きます。会社の看板も気にしないので普通に音信不通になったりします。タイパもしっかり計算しているので、熱心に食らいつくような努力はしません。
■最初から大口の発注をしない
狩人型の営業スタイルでも、レベルの高い人は普通に優秀です。中々見破れません。入門書どころか、専門書を読み、業界経験者であっても、見破れないこともあります。何故かと言うと、この手の人は、顧客を見てハンターとして毟るだけ毟ってさよならするか、農民をとして長期的な関係を築くか、自在に対応を変えることができるからです。
そういう場合の備えとしては、最初から大口発注をしないことに尽きます。企業規模にもよりますが、100万円~数百万円の業務から依頼し、真面目にやってくれるのか確認しつつ、必要に応じて一度に発注する金額を増やしてゆくイメージです。狩人は堪え性もなく、小口取引からコツコツと信頼を積み重ねて行くような営みをいちいち待っていられません。結果、多くの場合は自ずと排除できます。
ただ、少し難しいのが、受注側の企業規模によっては、あまり小さい金額だと、そもそも受けてくれないケースがあります。大手でも私の知る限りは数百万円でも仕事をしますが、その案件の担当者は社内で暇をしているような人になる気がします。大手だからと言って、社員が皆優秀とは限らないのは言うまでもありません。
大口発注をせずとも、期待する成果を得るためには、自分が必要とするマーケティングのレベル感がどの程度のものなのか、経験者や業界人の話を聞くと良いでしょう。大手で暇をしている人より、中小でバリバリ活躍している人の方がずっと優秀だというのが私の印象です。
企業の看板よりも目の前の個人で見極めるべし
話が長くなりました。第1の前提に立つなら、そもそも受注側と発注側の利害は相反します。しかし農民型の受注者はこの限りではありません。結果にコミット、実費以外は成果報酬のようなスタンスの企業があればベストでしょう。
もう一つ重要なのは、結局マーケティングは企業の看板はあれど、その多くの価値の源泉は個々人の才覚に拠るところ大です。企業の名前は参考程度に、目の前にいるマーケターとパートナーシップ、いい関係を結べるかどうかを自分の心に聞くと良いと思います。
勿論、相手は接客もプロで、コミュ力もルックスも素晴らしい魅力的な人が沢山います。従って、イザという時、困ったときにどんな行動をとるかをよくよく見て覚えておくことです。そこで大体わかります。いい人に出会えたら、こちらもパートナーとして誠実に対応しないと、人気者は直ぐ他の会社に取られてしまうという点も、最後に申し添えたいと思います。
次回は「一億総マーケター時代の外注と内製の間でマーケティングを考える」をテーマにお話します。
