事業会社のマーケターがやらなければならない“マーケティング”とは?
「事業会社の視点から考えるマーケティングのTIPs、特にアウトソースに関わる領域について」をテーマとしている本コラム。前回は、マーケティングの全体像を把握することの難しさについて書きました。
2回目となる今回は、「事業会社とマーケティング会社のマーケティングの違い」についてお話ししていけたらと思います。事業会社でも広告会社でも、この2者を混同してマーケティング議論をしている場面に出くわすことがあります。
私はマーケティングとコミュニケーションの専門企業である広告会社の電通と、事業会社の集合体である総合商社住友商事の2社を経験しました。その中で、同じ「マーケティング」という言葉を使っていても、広告会社と事業会社ではそのイメージするところに大きな違いがあるように感じています。
戦うためのマーケティング、戦わずして勝つためのマーケティング
このコラムでは、【自社内でできた方が良いけれど、コスパが合うなら外注しても良いマーケティング】=「マーケティング会社のマーケティング」、 【事業会社が自分でやらないといけない(できないと社業が細る)マーケティング】=「事業会社のマーケティング」と仮称します。今回は、この2つのマーケティングの違いがどこにあるのかについて、考えてみようと思います。
「マーケティング会社のマーケティング」とは
平たく言えば戦いの手段です。つまり、「同じ市場で競い殴り合う技や知恵、戦術」です。業界的には電通のような「広告・プロモーションやマーケティングテック、クリエイティブのスペシャリスト」のような人たちが主に活躍しているマーケティングです。
ライバル企業との苛烈なマーケットシェア争いに打ち勝つために、さまざまな手練手管を駆使して市場や顧客を分析し、認知やプリファレンス、ブランド・ロイヤリティを高め、顧客の数と客単価を最大化すべく、智慧とテックとお金を投下します。
この領域を内製化している事業会社も少なくないですが、自社で戦いきれない場合に、広告会社等のマーケター(広告人)などが呼ばれます。言うまでもないことですが、腕が良ければ良いほど高額な費用も発生します。
「事業会社のマーケティング」とは
ひと言で言うならば、戦わずして勝つための戦略です。つまり、「事業会社が事業投資を行う際のマーケティング活動」です。「誰のどんなニーズ向けに、どこの市場で、何を提供する、どのような事業を行うのか?」「いかに競争に巻き込まれずに、サステナブルに成長できるビジネスを創出するか?」という至上命題に応えようとするマーケティングが「事業会社のマーケティング」です。
イメージとしては、近い将来に起きる需要拡大、供給の制限、市場の制約等を見出し、その市場における唯一無二のキーポジションに先回りして納まっておくような感じです。それは何らかの【圧倒的優位性】や【独占】、【権益】といった、強固で簡単には崩れない参入障壁を構築するためのマーケティングとも言い換えられると思います。
これができない事業会社は、どんなに有名かつ巨大な企業であっても、結局は広告合戦や値引き合戦等の過当競争・消耗戦に巻き込まれて、利益がどんどん萎んでゆき、最終的には市場からいなくなってしまいます。
「事業会社のマーケティング」は「異次元のマーケティング」?
本連載第1回ではマーケティングをダイエットに例えてお話しました。夥しい数のダイエット食品やグッズが存在しますが、本質はダイエット普遍の数式
【体重変化量】=【摂取カロリー】-【消費カロリー】
に収斂するという話でした。ダイエット関連グッズや食品、サプリは全てこの数式のどこかの変数に影響しているに過ぎない、ということです。
しかし、世の中には、この数式の範疇から全く外れた、異次元のダイエット方法も存在するのはご存じでしょうか?
それは「医療ダイエット」です。
医療ダイエットでは外科的手段で脂肪細胞を破壊します。脂肪吸引法や脂肪凍結法などがあるようです。人体の脂肪蓄積能力を物理で破壊し体重を減少させる方法で、医療行為、医師免許を持った専門家の施術が絶対です。
このリーサルウェポンを前に「摂取カロリー」や「消費カロリー」という細かい変数に一喜一憂する議論は最早無意味です。
私はこの、「医療ダイエット」が「通常のダイエット」に対して持つ“一つ高い次元からアプローチするような圧倒的なイメージ”を「事業会社のマーケティング」に感じています。前回も引用した、当代一と名高いマーケター 森岡毅氏の著書『確率思考の戦略論』に記載されている下記の数式をもう一度見てみましょう。
この数式は、どちらかと言えばマーケティング会社のマーケティングのものと理解します。競合他社と同じ土俵で認知率や選好率、配荷率の奪い合いで日々競い合う。その長い闘いの中で洗練されてきた叡智と存じます。通常のダイエットの数式と同じく、シンプルで美しい数式です。
しかし、ここにある説明変数、選好率も認知率も、配荷率も意味をなさない程の圧倒的競争優位を築き上げることができたらどうでしょう。それはまさに一つ上の次元、より高次からのアプローチ(≒通常のダイエットに対する医療ダイエット)のように感じます。
「事業会社のマーケティング」がうまくいっている事業経営は、「皆欲しいし、必要なのに、手に入りにくいものを独占している」状態と言えます。それを必要とする人は自分で一生懸命に調べ、自ら商品に辿り着いてくれます。認知率は自然と上がりますし、配荷率が低くてもわざわざ遠方からお客さんが買いに来てくれます。
「必要だけど手に入らない商品を提供できている」状況では、(ネットスラングの)「嫌なら見るな」ではないですが、「嫌なら買わなくて良い」という売り手市場になるため、好きも嫌いも選好率どころの話ではありません。
そんな、マーケティング会社のマーケティングの視座からすれば異次元の取り組みと言える「事業会社のマーケティング」に、事業会社はまず注目しないと、最初のボタンを掛け違えます。ボタンは最初を間違えるとその後全部間違うように、事業会社のマーケティングに瑕疵があると、その後どんなにマーケティング会社のマーケティングを頑張っても、良い結果は出てきません(例外はあり、後述します)。
このような売り手市場になりやすくなる傾向は、嗜好品よりは生命や衣食住に関わる食料品や資源の方が強いでしょう。中でも有限の資源で供給過多にならないものがベストです。総合商社が資源や食料に強いのは偶然ではないかもしれません。
もちろん、衣食住に関わらずとも、20年前だと電波法や放送法に守られた地上波の民間テレビ放送等が正に事業会社のマーケティングの大成功例です。ビックリするほど儲かっていました。
事業会社が「マーケティング会社のマーケティング」に移行するタイミングは?
「事業会社のマーケティング」を当てて、競争相手が入ってこられない稼ぎ場や金脈さえ見つけることができれば、「マーケティング会社のマーケティング」は理論上、必要なくなります。
しかしこんなうまい話はそうそうありません。突如急成長する企業や長年安定成長し続ける企業は事業会社のマーケティングを当てているケースが多いと存じますが、なかなかどうして難しいところです。
現実的には、少しでも競争に巻き込まれない市場を見つけるべく「事業会社のマーケティング」を行い有利なポジションを獲得。その先の仕上げとして、「マーケティング会社のマーケティング」、つまり顧客の心を鷲掴みにしつつ、競争相手を蹴り飛ばすためのマーケティングを駆使する。こういう段取りでしょうか。
もし、「マーケティング会社のマーケティング」に利益を圧迫するほどの費用を投じ続けなくては事業継続が難しい場合、早々に事業転換を考えた方が良いかもしれません。最初のボタンである「事業会社のマーケティング」の段階で問題がある可能性が高いからです。
「マーケティング会社のマーケティング」に注力する前に「事業会社のマーケティング」が成立していなければ、明るい未来はありません。
【事業会社が自分でやらないといけない(できないと社業が細る)マーケティング】を「事業会社のマーケティング」、【自社内でできた方が良いけれど、コスパが合うなら外注しても良いマーケティング】を「マーケティング会社のマーケティング」と名付けたのはこれが理由です。
事業会社のマーケティングは、どこで何のためにどのような事業を行うのか、といった、企業のレゾンデートル、存在理由そのものにも繋がる話です。他人の手を借りることはあっても、最後までやり切るのは自分自身でなくてはなりません。
一方、「マーケティング会社のマーケティング」は、餅は餅屋ではないですが、外部のプロフェッショナルに任せるのも、費用対効果が見合うならありです。
さらに、ごく稀にですが、マーケティング会社のスーパーエース・マーケターの中には、全くもって失敗している事業会社のマーケティングの最中、マーケティング会社のマーケティングで状況をひっくり返すような人もいるにはいます。まるで戦術で戦略をひっくり返すようなミラクルも無いわけではありません。
もちろん、そんなスペシャルな事例、外れ値を計画に織り込むのはなかなか冒険が過ぎるかもしれませんが、夢はありますね!
次回は失敗しないマーケティングの外注イロハについてお話します。
