再評価されるMMM、その背景とは?博報堂とGoogleが語る、活用トレンドのクロニクル

テレビをはじめとするマスメディア、さらにデジタルからオフラインの店頭での行動までがデータでつながるようになった時代。メディア投資戦略にイノベーションを起こすような新たな取り組みが始まっています。本連載では企業側、メディア側、広告会社側それぞれの領域で新たな取り組みを始める方たちに取材。これからのマーケティング、マーケティング・コミュニケーションの方向性を探っていきます。今回はいま、注目のMMMをテーマに博報堂でMMMソリューションの導入・コンサルティングをリードする宮腰卓志氏と、因果推論モデルやリテールDXの研究開発を推進するグーグル・アジア・パシフィックの中原啓智氏に話を聞きました。
写真 人物
宮腰卓志氏

博報堂
データサイエンティスト/チーフディレクター

(みやこし・たかし)2001年博報堂入社。ダイレクトマーケティング・デジタルマーケティングの戦略プラニング・PDCA運用からキャリアをスタートし、25年にわたってアクチュアルデータに基づくPDCA・アトリビューション分析・マーケティング・ミックス・モデリングや因果推論などのデータサイエンスを、ダイレクト・デジタルだけでなく消費財・耐久財クライアントのマーケティングに実践的に活用。

中原啓智氏

グーグル・アジア・パシフィック
シニアマーケティングエフェクティブネス
リサーチマネージャー
コンシューマーアンドマーケットインサイツ

(なかはら・ひろとし)アクセンチュア、京都大学、A.T.カーニー、Facebook(現Meta)を経て現職。Googleでは、因果推論を用いて、マーケティングミックスモデリングとリテールデータの利活用に関するリサーチ・実証実験をAPACで推進している。シンガポール国立大学理学修士。

マーコム組織の統合も MMMの活用を後押し

━━日本国内でもMMMに対する関心が急速に高まっています。背景には何があると考えますか。

宮腰:まず、広告に関連するデータ環境の変化があると考えます。2005年から2015年頃、デジタル広告、特にECを展開する企業では、Cookieを活用することで「テレビCMからオフライン購買までの顧客行動を把握して未来を予測できる」という期待がありました。

しかしふたを開けてみれば、当然ですが、生活者はそれほど積極的に個人情報を登録してくれるわけではありませんでした。特に食品や日用品のようないわゆる低関与型の商材では会員登録のハードルが高く、私の知る限り、オフラインの会員データと紐づけられるのは、全顧客の10%にも満たないのが実情でした。

そこに追い打ちをかけるように、2022年4月に改正個人情報保護法が施行されるなど、デジタル広告における個人情報保護の規制強化が進展。広告業界では、プライバシーに配慮しつつメディア効果を可視化する必要性が高まり、MMMへの注目が再び、集まっているのです。

また、広告主がマーケティングプラニングに明確なエビデンスを求めるようになったことも理由のひとつです。データを活用すれば広告効果を詳細に把握できるという認識が広がり、これまで効果測定が難しいとされていた領域にも「データで何とかなるのでは?」という期待が高まりました。その結果、CMOをはじめとする経営層からは、マーケティングプランの策定や意思決定において、具体的なデータに基づく裏付けや効果予測を求められるケースが増えています。

さらに、マーケティング組織の統合と全体最適化へのニーズの高まりも、MMMへの注目を後押ししています。以前は広告宣伝部、営業部、CRM担当部門などが個別のKPIを追いかけていましたが、近年ではCMOがこれらの機能を横断的に統括し、限られた予算を広告、営業、流通といった各チャネルにどう配分すれば全体の効果を最大化できるのか、といった統合的な意思決定が求められるようになっています。

マーケティング活動にとどまらず、その他の事業要因も含めて事業成果への貢献度を包括的かつ定量的に把握したい、というニーズが強まっているのです。

中原: 私も同意見ですが、宮腰さんの話に少し補足すると、メディアの種類が増え、フォーマットや配信の仕組みも多様化・複雑化しているため、メディア横断の統一的な基準で効果を測りたいというニーズが非常に高まっていることが背景にあると考えます。しかし、各メディアで個々のユーザーレベルでの詳細な計測方法を揃えるのは現実的に難しく、結果的に、MMMのように集計データを用いた分析が、実質的に唯一比較可能な手法となっている面もあると思います。

またマーケティング投資の説明責任を問う声が高まっていることも背景にあるでしょう。売上を伸ばすために値引きを繰り返すだけでは、利益率は悪化するだけ。持続的な成長には、限られた予算を賢く使う「ワイズスペンディング」が不可欠であり、そのためには、効果のある施策と無駄な施策を正確に見極める必要があります。この文脈で、因果推論に基づく効果測定やMMMの重要性が増しているのだと思います。

さらに、経済状況が目まぐるしく変化する現代においては、過去に効果があった施策が今後も有効であり続けるとは限りません。このような不確実性の高い状況下で的確な意思決定を行うためには、体系的かつ客観的な方法で各施策の効果を識別し、優先順位を付ける必要があります。MMMは、そのための有効なツールとして期待されています。

━━二人がMMMに関わり始めた初期から現在に至るまで、日本国内あるいはグローバルでMMM活用のトレンドに変化はありましたか。

宮腰:いくつかの段階を経てMMMの活用法は変化してきたと感じます【図表】。

図表

2020年以前は、オフラインで商品の販売が完結する企業、例えば自動車メーカー、ビール会社、食品メーカーなどがMMMの主な活用社だったと思います。これらの企業はCookieでは購買行動まで追いきれないテレビCMなどの広告効果や営業活動の効果を分析し、最適な投資配分を決定したいというニーズを持っていたからです。当時はまだ、クライアント企業内にデータサイエンティストが在籍しているケースは稀で、MMMの評価軸としては、モデルの予測精度が重視される傾向にありました。因果関係の解釈に対する関心は、今ほど高くなかったように思います。

それが2020年を境に、Cookie利用制限が本格化したことで、これまでデジタル広告中心だった企業もMMMを積極的に採用するように。ただし、MMMの主な活用目的は、過去のマーケティング施策の効果検証や売上予測、予算配分シミュレーションといった従来の枠組みが中心でした。

そして、直近1 ~ 2年でさらに大きな変化が見られます。その変化とは、特にデジタル広告を主軸とするクライアントで、「ブランド構築」への関心が高まっていることです。背景には、YouTubeをはじめとする動画プラットフォームの影響力拡大など、メディア環境の変化があります。これまでコンバージョン獲得を最優先してきたデジタル広告においても、動画広告がブランド認知や好意度の向上にどう貢献し、それが最終的にコンバージョンやLTVにどうつながるのか、といった効果への関心が高まっているのです。この流れの中で、MMMに期待される役割も、単なる直接的なコンバージョン効果の測定から、間接効果を最大化するためのKPIとしてブランドパワーをいかに評価し、向上させていくかという点に移りつつあります。

中原: 結果として、誰もが知る大手ブランドの広告主はよりパフォーマンス志向になり、デジタルネイティブな広告主はよりブランド志向になり、両者が統合的なマーケティングへと収斂しつつあるのが現在の大きなトレンドでしょう。変化の激しい現代において、こうした統合的な視点を持たなければ生き残れないという危機感が、その背景にあるのではないでしょうか。

また、ソリューションの進化も重要な要素です。これまでは見ることができなかった指標でデータを分析できるようになりました。例えば、今年1月に正式にローンチしたGoogleのオープンソースMMMである「Meridian」では、広告に関連する検索クエリのボリュームなど、MMMの精度向上に役立つ新しいデータをセットでクライアントに提供していますが、これは特にデジタルメディアの効果をMMMで計測する上で有力な起点のひとつになると考えています。

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