「どのFireflyに何を依頼するか」が分からない?Adobeのバックエンド戦略とプランの混迷

前回のコラムでは、4月に相次いだAdobeの発表内容を紹介するとともに「Photoshop や Premiereといった個別アプリ単位で稼ぐ古典的なモデルから、複数アプリと他社AIを束ねる連結層、つまり“バックエンド”として稼ぐモデルへの構造転換ではないか」という分析をしました。

本稿では危機の輪郭を踏まえた上で、4月中にAdobeが取った打ち手を読み解いてみます。私が見るところ、これは三層構造の応答になっています。

「バックエンドに回る」という覚悟

Adobe Firefly AIアシスタントのデモ画像から。

第一層は、Adobe側でチャット体験を提供するもの。Firefly AI Assistant、つまり「firefly.adobe.com」のWebアプリのサイドバーに住むチャットUIです。

4月27日にpublic betaが開放され、自然言語入力とファイルアップロードに加えて、文脈に応じたスライダーなどのコントロールが動的に出現する設計になっています。汎用LLMが「チャットで画像生成・編集を完結させる」流れに対する、Adobe側からの直接対抗だと整理できます。

第二層は、他のLLMから呼ばれる側に回るもの。これが一番重要で、4月28日にAnthropicが発表した「Adobe for creativity」connectorに該当します。同日発表された9種類のconnectorのひとつとして並んでいます(※1)。設計の中身を見ると、興味深い点が複数あります。

Claudeに直接統合する、「Adobe for creativity」connector。

まず、ベースがMCP(Model Context Protocol)です。MCPは仕様上、Claudeだけでなく他のMCP対応LLMからも呼び出せるオープンな設計になっています。接続トポロジーは、ユーザーがClaude UIから入って、Anthropicのクラウドインフラを経由し、MCPでAdobeホスト型サーバに繋がり、Adobeクラウドサービス群が処理して、結果がClaude UIに返ってくる。Creative Cloud Storageへの保存も可能、という流れです(※2)。

「Claudeのために」ではなく「他LLMからも呼べる前提で」設計しているのは、地味ですが重要な判断だと思います。Adobeは特定のLLMの肩を持たず、入口を選ばないインフラとして自分を位置付けたわけです。

提供されるのは公式表現で「50+ pro-grade tools」で、Photoshop、Illustrator、Firefly、Express、Premiere、Lightroom、InDesign、Adobe Stockの8つの製品ブランドにまたがります。各アプリ全体が動くわけではなく、各製品のケイパビリティから抽出されたツール群が呼び出せる、というのが実態に近い表現です。

同梱のPre-built Skillsが6つあり、Portrait Refinement、Design Templates、Video Reformatting、Social Variations、Batch Photo Editingまでが公式ブログで名前を確認できる5つで、もうひとつは現時点で公式の該当記述からは特定できていません。

そして肝心なのが、生成された素材の取り扱いです。Adobe公式ブログによれば、ユーザーはClaude内で作業した素材を「download して持ち帰る」か、あるいは「Adobeアプリにjumpしてiterate(編集の続き)を進める」ことができる、とされています。

具体的なファイル形式は公式に明示されていないものの、Claude内で完結させずに「続きはAdobeアプリへ戻る」導線が標準として用意されている、ということです。「他LLMから呼ばれても、後工程はAdobeアプリへの帰還が想定されている」設計だと整理できます。

第三層は、アプリ別の機能強化です。Premiere Pro 26.2のColor Mode(※3)、Firefly Boards、Generative Extend、Object Maskingといった、各アプリ単位での強化策。これは上から押し寄せるDaVinci Resolveや、横から伸びてくるRunway・Higgsfieldといった個別プレイヤーへの、直接対抗手として配置されています。

Premiere Pro 26.2のColor Modeのデモから。

ここまでの三層を支えているのが、Generative Creditという新しい課金軸の導入です。従来のper-seat / per-appサブスクリプションを丸ごと置き換えたわけではなく、AI生成に対するoutput単位の従量課金を、その上に重ねた構造になっています。

Firefly standaloneプラン(Proが$19.99/月で月4000credits)はGenerative Creditベース、Creative Cloud Pro契約にも同等の月4000creditsが同梱、という形で運用されています。Adobe Firefly Pro $19.99とGoogle Nano Banana AI Pro $19.99が同じ価格に並んでいる、という事実も興味深いところです。

Generative Creditが効いているのは、これが「他のLLMやエージェント経由で呼ばれても、output単位で課金できる」設計だからです。第二層のClaude connectorで他LLMから呼ばれる側に回っても、Generative Creditの仕組みがあれば、その出力に対する課金は引き続きAdobeに帰属します。self-cannibalizationのリスクを取りながら、自社UIロックインに頼り切らない、UI非依存の収益軸を併走させている、と言えます。

前回のコラムで紹介した、AdobeのCreativity & Productivity 担当社長、David Wadhwani氏による「Stock顧客のシフトが計画より速い」という発言を踏まえると、Adobeが囲い込んできたコンテンツ流通の前提が、予想以上に早く崩れている、ということになります。

同じ流出パターンがクリエイティブツール側にも波及した時に備えて、自社UIに閉じない収益軸を持っておく、というのが今回の打ち手の設計です。膝を折ったというより、立ち位置の組み替えをしているという感触です。

※1:4月28日に発表された9種類のconnectorは、Ableton、Adobe for creativity、Affinity by Canva、Autodesk Fusion、Blender、Resolume Arena、Resolume Wire、SketchUp、Splice。音楽制作(Ableton/Splice)、デザイン(Affinity)、3D・CAD(Autodesk Fusion/Blender/SketchUp)、VJ(Resolume)、そしてクリエイティブ全般(Adobe)が並んでいる構成です。

※2: Adobe公式は実装の中身を多く開示していません。connector経由で「Photoshop」と表示される処理が、実態としてAdobeクラウド側のFirefly Image Model群を使っているのか、Photoshop on the Webのインスタンスを呼んでいるのか、別の独立サービスなのかは、現時点では公式に明示されていない領域です。出力ファイル形式についても公式記述は見当たらず、4月28日付のAdobeの公式ブログでは「download your assets」「jump into the Adobe app to keep iterating」という表現に留まっています。

※3: Color ModeはPremiere Pro 26.2で4月15日に追加された機能。Adobeブログでは「reinventing color for editors in Premiere」と打ち出されました。生成AIの統合ではなく、純粋GPU加速+色科学のリニューアルで、編集者向けのカラー作業環境を再構築する位置づけです。

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生成AI時代のテクニカルディレクション
岡田太一(sync.dev Technical Director/Visualization Artist)

CG会社のDigital Artist からキャリアを開始。ポストプロダクションを経て、現在はビジュアルクリエイティブ領域にてテクニカルディレクションを担当。得意な分野は映像編集、ビデオ信号とリアルタイム合成、トラッキング関連など。2022年から『ブレーン』で連載中。

岡田太一(sync.dev Technical Director/Visualization Artist)

CG会社のDigital Artist からキャリアを開始。ポストプロダクションを経て、現在はビジュアルクリエイティブ領域にてテクニカルディレクションを担当。得意な分野は映像編集、ビデオ信号とリアルタイム合成、トラッキング関連など。2022年から『ブレーン』で連載中。

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