「AIで旅行予約は全部変わる」。そんな空気が強まる中で、令和トラベルはむしろ冷静だ。一般消費者にとってAIがまだ日常的なツールになっておらず、ChatGPT連携も “出せば使われる” ものではない。執行役員CPO(最高製品責任者)兼マーケティング部長の麻柄翔太郎氏は、便利なAI機能を足しただけでは「海外旅行はNEWTでいい」とはならないと語る。
では、AI時代に旅行代理店は何で選ばれるのか。令和トラベルの答えは、比較の便利さではなく、旅全体の設計力と、24時間365日寄り添う接客力にあった。OpenAI・Anthropic・Googleなど巨大テック企業が開発するLLM(大規模言語モデル)をはじめとするファウンデーションモデル(基盤モデル)が入口を握る時代に、令和トラベルは「ChatGPTより満足度の高い旅行を提供できるか」という勝負に出ようとしている。
「AIファースト」は、社内改革のためだけではない
令和トラベルは、旅行予約アプリ「NEWT(ニュート)」を運営するスタートアップだ。OTA(Online Travel Agent=オンライン専門旅行会社)の1社で、旅行商品の検索・予約をオンライン上で完結できるサービスを展開している。そんな同社は2025年10月、「AIファーストカンパニー」を宣言した。だが、同社が見ているのは “AIっぽい旅行アプリ” の未来ではない。
麻柄氏は、AIによって旅行の比較検討は確実に楽になる一方、それだけではOTAは選ばれないと話す。一般消費者がAIを日常的に使い倒すほどの習慣化にはまだ至っていないために、チャット前提の旅行体験も広くは定着していない。だからこそ同社は、流行りの “AI感” よりも、旅をどこまで深く引き受けられるかを重視している。
令和トラベルがAI活用を本格化させた背景には、生成AIの急速な進化に対する強い危機感があった。麻柄氏は、ChatGPT 3.5の登場以降、経営陣の間で「これは時間軸の問題だ」という認識が共有されていたと振り返る。面白がって試すのではなく、サービスや会社そのものをどう革新できるかという視点で、1年以上前から成果重視で活用を積み重ねてきたという。2025年10月にはAIファーストカンパニーを宣言し、さらにAX室(AIトランスフォーメーション室)を設立。人事評価にもAI活用による成果を組み込み、全社のモードチェンジを進めてきた。
ただし、同社が重視しているのは社内効率化だけではない。麻柄氏は「本質はやはりAIでプロダクトそのものを変え、ビジネスモデルを変革するところこそ大事だ」と語る。表向きの新機能よりも、旅行業そのものの収益構造の変革だ。旅行業界はもともと粗利率が低く、そこに人件費と広告販促費が重くのしかかるため、売上規模のわりに営業利益が残りにくい。令和トラベルは、AIによっていわゆる工数削減としての業務生産性のみならず、一人当たりの売上高という収益観点で生産性を大きく引き上げられれば、既存の旅行サービスを単に効率化するのではなく、ビジネスモデル自体を別物にできるとみている。麻柄氏は、約100人規模の組織でも、大手旅行代理店と同等、あるいはそれ以上の品質でサービス提供できれば、それは「似て非なる」新しい旅行事業になると語った。
AI時代のプロダクト開発の罠
もっとも、BtoCサービスの側面では、麻柄氏はかなり慎重だ。AIによって旅行先の比較検討や、自分に合ったホテルの絞り込みは確実に楽になるとみる一方で、それだけで「海外旅行はNEWTで」と選ばれる存在にはなれないと指摘する。旅行商材は最終的に価格比較に寄りやすく、ちょっと便利になった程度では差別化になりにくいからだ。
特に印象的なのは、先述の通りAIが習慣化しておらず、「一般消費者はまだAIレディーではない」という見方だ。業務利用ではAI活用が急速に広がっている一方、消費者向けサービスでは、まだAIチャットに自然に相談し、望む答えを引き出すメンタルモデル(道具を使用する際に、心の中に生じるイメージ)が十分に定着していないという。従来のOTAは、検索窓に条件を入れれば候補が並び、詳細ページに進むという動線がすでに固定化している。これに対して、チャット前提のUIはまだ “考えながら使う” 必要があり、麻柄氏は「少なくとも現時点ではそのUXが広く受け入れられているのは観測できていない。浸透にはまだ時間がかかる」と分析。また「流行りに乗ってひとまずAIを前面に押し出した機能を提供しても、アーリーアダプターには面白いと感じてもらえるかもしれないが、広く一般消費者のメンタルモデルが変わらなければ、結局は受け入れられず使われない」と率直に話す。
