「世界の壁」。
そこに、僕たちの案は貼られていなかった。もういちど見回してみたがない。数日前にはプロジェクトルームの壁いっぱいに、もうひとつ部屋があってもよいのではないかと思うくらい大量に貼られていた案たちがはがされ、5つだけが残っていた。僕はなんだか部屋が広くなったように感じた。世界のTBWAオフィスから送られてきた100案を超えるアイデアたちの中から、何度かのCCOとCDたちによる議論を経て、2日後のプレゼンを控え、プレゼンに出場する精鋭が決まったのだ。途中段階では、僕らの案の上にもコメント付きのポストイットが貼られていたし、CDたちとセッションをして改善していったので、あるいはと期待していたが「世界の壁」に僕らの案は貼られていなかった。金曜日から金曜日。プレゼンまでちょうど7日間の短いプロジェクト、僕らはCHIATに滞在しているが”日本代表”の心意気で戦った。そして僕らの戦いは5日目で終わった。コンビを組んでいるノゾミと僕は、言葉少なに、その日は早めに会社を出た。

このオフィスのCDたちに加えて、世界のTBWAから案が集まった。
大舞台は、突然やってくる。
はじまりは先週木曜日の夕方。「トモとノゾミはあなたたち?」知らない女性がやってきた。「明日の朝にジョンからのブリーフィング(オリエン)があるから時間を確保してちょうだい」席にふらりとやってきた女性はそう告げた。アカウント・チームのプロジェクト・マネージャーのようだ。僕とノゾミは顔を見合わせた。ジョンとはCCO(チーフ・クリエイティブ・オフィサー)。つまりCDたちを率いる、CHIATのクリエイティブのトップである。ジョンが直接手がけるということは最重要案件だ。僕たちはそこで声をかけられた嬉しさ、ワクワクと同時に、今までにない緊張感をも感じていた。アリサから緊急のスケジュール感が伝わってきたからであり、何より、ジョンにアイデアを見てもらえる――ほめられて今後につながることもあれば、イマイチだなあと思われて二度と声がかからないこともある――そのタイミングがついにやってきてしまったからだ。1カ月前に僕たちは、ジョンの時間を30分ほどもらうことができて、自分たちのクレデンシャル・プレゼンを見てもらっていた。今年のカンヌでブロンズを獲った『Soil Restaurant』なども披露して「僕自身が考えつかないことを考える」おもしろいやつらだなあと興味を持ってもらえたようだ。ついに、実地でクリエイティブを見てもらえる。