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ADK創業者の稲垣正夫氏が死去 「全員経営」掲げ一代で業界3位の地位築く

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アサツー ディ・ケイ(ADK)創業者の稲垣正夫相談役が16日、死去した。92歳だった。通夜・告別式は近親者のみで行った。後日「お別れの会」を開く。

稲垣氏は1922年愛知県生まれ。外務省を経て、1956年にADKの前身「旭通信社」を4人で創業した。「全員経営」を掲げて業績を伸ばし、1997年には電通博報堂に次ぐ業界3位に押し上げた。1999年には同業の第一企画と合併し、ADKとして再スタート。同社の社長、会長を2010年まで務めた。

1963年からテレビアニメの企画や広告枠の買い切りを始め、ドラえもんやクレヨンしんちゃんなど人気コンテンツの制作に関わる「アニメのアサツー」の礎を築いた。早くからグローバル化を志向し、1984年に米BBDOと提携、1998年には現在も続く英WPPグループとの業務・資本提携を結んだ。中国進出にも積極的で、1994年に北京に合弁会社を設立し、中国に進出する日本企業の支援に努めた。1987年には広告業界で初めて東証2部に上場(現在は1部)させるなど、成長期の日本の広告業界をリードする役割を担った。

1990年に藍綬褒章、1997年に勲三等瑞宝章を受章。広告界では吉田秀雄記念賞や白川忍賞、日本宣伝大賞などを受賞した。


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