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500年に一度の激変、米国メディアの最前線

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日本以上にデジタル・シフトの進行が顕著な米国では、いま現在メディアをめぐる議論はどのような状況にあるのか。新たな収益モデル、ホームページの“死”、アドブロックの普及など、米国のメディアをめぐる最新事情について、『デジタル・ジャーナリズムは稼げるか』の著者ジェフ・ジャービスのもとで学んだ石井克尚氏が解説する。

変わりゆくメディア地図

コロンビア大学ジャーナリズム・スクールのエミリー・ベル教授は、「この5年間にニュースの生態系で起こっていることは、500年に一度の激変だ」と語っています。米国では、既存のプリント(紙)メディアがこれまでも必死でデジタルへのシフトを行ってきました。しかし、5年前には考えられなかったような事態が相次いで勃発し、事情が大きく変わっているのです。

2017年までのその5年間で、何が起こったのでしょうか。大きく言えば二つあります。一つは、デバイスの王者がPCではなくスマートフォンに決定的にシフトしたこと。もう一つは、FacebookやTwitter、Snapchatに代表されるソーシャルメディアが、ただのコミュニケーション・ツールという枠を超えて、ユーザーにとっての情報摂取の主体になり始めてしまったことです。日本では後者の波はまだそれほど来ていませんが、米国では、すでに44%の人がニュースをFacebookやTwitterのフィード経由で記事を読むようになっています。

また米国での紙メディアの落ち込みは目を覆わんばかりです。コンデナストやハーストが発行する有名雑誌は、いまだに100万部単位の部数を維持していますが、それは書店売りの90%引きにまで達する大幅ダンピングによる定期購読の数字であり、実態は反映していません。

スマホ・シフト、ソーシャルメディア・シフトのいずれも、いわゆるミレニアル層(1980年代から2000年前後に生まれた世代)に顕著に起こっていることです。既存メディアは、これまでのプリント版での販売収入と広告収入への依存を、なんとか減らしたいと足掻きつつも、実際はプリント収入におんぶに抱っこの状況がありました。その間隙をついて、続々とデジタル専業の新興メディアが参入してきたのは、ご承知のとおりです。

すでに大手メディアとして、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストと同格の位置づけをされているVoxやBuzzFeedは、その典型です。ローンチからわずか数年で桁違いの投資が入り、急成長を遂げました。ミレニアル層の心を掴んだのはもちろんのことですが、デジタル化によってメディア事業への参入障壁が低くなったと同時に、「儲かるのではないか」と期待した一定数以上の投資家たちが、多額の投資をして成長を後押ししたことも背景にあります。

HPに記事がないメディア

NOWTHISのWebサイトには、「ホームページという言葉は古い。ニュースはソーシャル・フィードに流します」との文言だけが掲載されている。

かつて、既存メディアがデジタルにシフトする際の戦略は単純なものでした。プリント版のコンテンツを、Webサイトに掲出し、課金モデルを狙うか、プログラマティック広告による広告モデルを狙うかというものです。ソーシャルメディアは、あくまで自社のWebサイトに読者を呼び寄せるための宣伝ツールに過ぎないという位置づけだったのです。

しかし、新興メディアは、このソーシャルメディアを最大の磁場として利用することで、成長を図りました。BuzzFeedのようなメディアは、Facebookをはじめとするソーシャルメディアはもちろんのこと、Facebook MessengerやWhatsAppなどのメッセージアプリや、Apple WatchやLinkedInにいたるまで、20以上のプラットフォームそれぞれに対応するように、記事を編集して出しています。

これがいわゆる分散型メディアと言われるものの実態ですが、ミレニアル層向けのニュース動画配信で絶大な人気を誇るNOWTHISにいたっては、Webサイトを見ても、FacebookやSnapchatなどのチャンネルのリンクが置かれているだけで、サイトには一切のコンテンツは置かれていません。多くの新興メディアは、はなから読者からの課金は諦め、基本的には広告モデルを採用しています。

しかし、ここにきて大きな変動が起こってしまいました。一つは、Facebookのインスタント記事のような、直接ソーシャルメディアに記事や動画を丸ごと投稿できてしまうシステムの出現です。スマホ上の読者の多くは、0.1秒でも早く目的の記事を読み込みたがります(スマホのデータ使用料を抑えたいという意味もあります)。

リンクでWebサイトに遷移させる旧来のやり方よりもクリック率はあがるため、読者にとってもパブリッシャーにとっても効果的なように思えます。が、問題はWebサイト自体への流入が減り、旧来のPVやUUで広告を稼ぐやり方が通用しなくなることです。Facebook側は、インスタント記事内での広告も可能にしているものの、詳細な数字を計測したり、さまざまなアドテクを使うことは困難になります。

また、Facebookのアルゴリズムでは、自ら広告出稿する以外、パブリッシャー側からの人為的操作は難しく、記事をポストしたところで、どれだけのオーディエンスにリーチするかはわかりません。読まれるどころか、相手のスマホに届くかどうかは、「神のみぞ知る」なのです。また、Facebookは、ライブ動画などの新サービスを普及させるために、ニューヨーク・タイムズをはじめとした大手パブリッシャーに多額のお金を払って記事を出稿させており、その支配力は決定的なものとなりつつあります。

VoxやBuzzFeedは、すでに記事の90%以上を、Facebook上でのリンクではなく、直接インスタント記事で投稿しています。これに対して、ウォール・ストリート・ジャーナルやVICE Newsのように、基本的にはリンク投稿しかしていないメディアもあります。Facebookは頻繁にアルゴリズムの変更を行うため、彼らに依存することは大変危険ですが、しかしポストしないことには読まれない、という自縄自縛にとらわれている状況なのです。

これらソーシャルメディアは宣伝媒体だと考え、リンクでWebサイトに遷移させたとしても、まだ問題があります。日本では使用率が10%程度と、まだ認知度が低いですが、スマホにせよPCにせよ、世界中で人気が高まっている無料ソフトと言えばアドブロック・ソフトです。これをブラウザのプラグインに入れておけば、動画もバナーもプログラマティック・アドも表示されなくなります。実は米国では18~24歳のアドブロック・ソフトの使用率は50%近くまで達しています。広告をブロックされてしまうことが恒常化すれば、Webサイトにおけるバナーでの広告モデルは崩壊します。


……「全米で話題になった調査報道」「ノンフィクションを持続させるアイデア」「米国のネイティブ広告事情」「広告や課金モデルだけでコンテンツを売る時代の終焉」など、続きは『編集会議』2017年春号をご覧ください。

講談社
『週刊現代』編集部
石井克尚 氏

京都大経済学部卒業後、2004年講談社入社。『週刊現代』編集部、学芸図書出版部を経て、2015年よりコロンビア大学ウェザーヘッド研究所プロフェッショナル・フェロー、ニューヨーク市立大学ジャーナリズム大学院タウ・ナイト・フェローとして留学。