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【対談】市場創造こそがマーケティングの本質(石井淳蔵×音部大輔)

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消費者のパーセプション(認識)の変化に着目してマーケティング活動を設計する「パーセプションフロー・モデル」について解説した書籍『The Art of Marketing マーケティングの技法』が12月に発売された。刊行を記念し、著者の音部大輔氏と、かつて大学院の博士課程で音部氏の指導にあたった石井淳蔵・神戸大学名誉教授が本書をめぐって話し合った。

現場での試行錯誤を経て磨かれた「パーセプションフロー・モデル」と、最新のマーケティング研究との接点とは。また、企業経営におけるマーケティングのあり方と課題にまで話が及んだ。

石井淳蔵(神戸大学名誉教授・流通科学大学元学長)
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音部大輔(クー・マーケティング・カンパニー 代表取締役)

 

「仕組み」をマネジメントする

石井:新刊、大変興味深く読みました。「パーセプションフロー・モデル」は非常に合理的な考え方ですね。

音部:ありがとうございます。

石井:私は学者の視点で、学問との接点から気づいたこと、ポイントと思ったことを挙げました。

ひとつ目は、全体を通して、理詰めで書かれたマーケティング・マネジメントの本であるということ。音部さんは現場で実績を上げてきた方ですが、もっと本能的に判断しているのかと思っていました。若手マーケターの研修にも取り組んでいると聞いていましたが、ようやく合点がいったところです。2つ目に、「仕組みのマネジメント」を強く意識していること。結果から学ぶ組織は「繰り返し」を意識していると書かれていますが、まさにその通り。仕組み化の重要性を実感しました。

3つ目に、パーセプション(認識)の動きに着目するのは「(生態学的)情報処理理論」に近いのかなと思いました。メーカーから刺激が飛んできて、消費者はそれを情報処理して答えを出すという単純なものでなく、背景にある状況や反応がもたらす影響を踏まえていなければならない。本書はその点がしっかり考えられていました。

石井淳蔵(いしい・じゅんぞう)
神戸大学名誉教授 流通科学大学元学長

1975年、神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。同志社大学商学部教授、神戸大学大学院経営学研究科教授などを経て、2008年から16年まで流通科学大学学長。専攻はマーケティング、流通システム論。日本マーケティング学会初代会長を務めた。現在は碩学舎の代表取締役として、様々なビジネス書籍の出版を手がける。著書に『ブランド―価値の創造』(岩波書店)ほか多数。2022年春に『進化するブランド』刊行予定。
 
4つ目に、「いい商品」の定義が変わると市場創造が起きるというくだりは、我々なら「リフレーミング(文化変容)」と呼ぶところです。音部さんも引用していたエベレット・ロジャーズがまさに「新技術がそう簡単にイノベーションにはならない」と述べていますが、その点にマーケティングの大きなテーマがあると改めて気づきました。

5つ目に想起したのが、優れた起業家の意思決定ロジックを表した「エフェクチュエーション」という概念です。ハーバート・サイモンやサラス・サラスバシーは、アントレプレナーシップを「人工物のデザイン」と称して、内部環境と外部環境を同時に変えていくアプローチを紹介しました。実はパーセプションフロー・モデルも「人工物」で、外部と内部を同時に変えていく視点を持ったフレームワークではないかと感じました。

6つ目と7つ目は似ていますが、ブランドを「つくる」のではなく、協働によってブランドが「生まれる」という視点に立っているのだと思いました。

外部と内部を同時に変えていく

音部:「外部と内部を同時に変えていくフレームワーク」というご指摘は、意識していたことではありませんが、確かにその通りです。外部と内部を行ったり来たりするんです。パーセプションフロー・モデルも、もともとは「外向け」に働きかけるフレームワークでした。しかし、なかなか思い通りにいかない。「買ってください」といくらメッセージを送っても、それは丁寧な命令にすぎないからです。その延長線上で購入を促すことに特化した販促活動などの施策で後押ししても、主体的に買っていないので再購入につながりにくい。結果として、こうしたアプローチでは効率が悪いことに気づいたのです。

音部大輔(おとべ・だいすけ)
クー・マーケティング・カンパニー 代表取締役

17年間の日米P&Gを経て、欧州系消費財メーカーや資生堂などで、マーケティング組織強化やビジネスの回復・伸長を、マーケティング担当副社長やCMOとして主導。2018年より独立し、現職。消費財や化粧品をはじめ、輸送機器、家電、放送局、電力、D2C、医薬品、IP、BtoBなど、国内外の多様なクライアントのマーケティング組織強化やブランド戦略を支援。博士(経営学・神戸大学)。著書に『なぜ「戦略」で差がつくのか。』(宣伝会議)、『マーケティングプロフェッショナルの視点』(日経BP)。

進んで買ってもらうためにどうしたらいいかを考えていくうちに、外部と内部を同時に変えていくフレームワークになってきたのだと思います。

石井:なるほど、そういうことですね。

音部:パーセプションフロー・モデルを描くためにリサーチを続けていくと、現在のロイヤルユーザーがどんなことに満足しているのか、また初めて買ったときにどんな感動があったのかをさかのぼって聞くことになります。そうすると勘や経験に頼るのではなく、データの分析結果をもとに、パーセプションを変えていくためにはどんなことをすればいいか、描けるようになるのがポイントです。

石井:こうしたステップを踏まないと、組織の中でマーケティングが定着しないですからね。

音部:仕組み化しないとうまく機能しないと思います。現場で、目の前の問題に意識を奪われ、本質的ではないところで戦っているという話はよく聞きますから。

経営トップこそマーケティングを

石井:マーケティングの本来の価値を分かっている会社は、そんなに多くないと感じます。マーケティングは若い社員に任せて、40代の幹部候補生は経営陣に入るためのステップとして技術や組織を勉強させよう、などと考えている会社は残念ながら少なくありません。技術や組織も重要ですが、それ以上に大事なのが市場であると認識を改めないと、企業の中でマーケティングの枠組みが小さくなってしまうと危惧しています。

音部:同感です。マーケティングを広告や商品開発のことだと捉えているケースは多いですし、「売れる仕組みをつくること」など、営業との違いを表した文言が定義になってしまっている。

石井:そういう会社にこそ、パーセプションフロー・モデルを自社の商品に応用すれば、新しい世界が見えてくると伝えたいですね。

マーケティングは市場創造のための活動であって、経営にとっても重要な要素のひとつです。本書で書かれていることをきちんと日本企業の経営層が理解して、「あの人工物のデザインをしている」ぐらいの意識を持つようになるべきでしょう。他国発のブランドに価格で負けないためにも。

音部:まさに市場を自ら創造していく気概が求められていると思います。多くの企業が、他人がつくった市場でどうやってうまく立ち回るかばかり考えているように見えます。

競合分析ばかりしていて、他社と同じようなことばかりしようとしていたり、消費者が買っている理由ではなくて、買わない理由を聞いたりする調査のアプローチも見直すべきです。3カ月後の市場に向き合わないといけないのに、現在の市場に適合したものを3カ月後に出してしまう。「消費者理解」と「消費者の言いなり」が混ざってしまっていることはとても多いですね。

石井:確かに、私もそう感じます。

音部:そうした現状に少しでも変化をもたらすことができれば、というメッセージも本書に込めました。競合と同じことをやるのではなく、外部と内部の変化をうまく管理していくこと。それこそがまさにマーケティングがやるべきことだと思います。それは結果的には市場創造につながっているということを、CMOやCOOの立場にある人にはぜひ分かってもらいたいですね。

石井:パーセプションフロー・モデルで目指すべきことや、市場創造に向き合う視点が本書を通じて広まることを期待しています。特に現場の方にもしっかり読んでもらって、自分なりのマーケティングスタイルを磨いていくといいと思います。
 

定価:2,640円(本体2,400円+税) A5判 304ページ