Spikes Asia 2025審査から見えた「広告」と「コンテンツ」の未来

アジア最大級のクリエイティブの祭典、Spikes Asia 2025が4月24日にシンガポールで開催された。24の部門が設けられており、審査員らは12のチームで手分けしてそれらの審査にあたる。そのうち日本から、エンターテインメント部門・ゲーミング部門・音楽部門の審査にあたったのは、HYTEKのCEO/クリエイティブディレクター/アーティストである満永隆哉氏。審査の過程での気付きを2回にわたってレポートする。
前篇はこちら
写真 現地の様子

ただ“面倒くさい”広告になってないか?

ここ数年、広告とコンテンツの境界が曖昧になってきた。

タイアップ動画、記事広告、ブランドムービー——。見た目はあたかもコンテンツだが、ユーザー視点では「長い」「回りくどい」「結局広告でしょ」という失望に変わっていないだろうか。

本当に人を動かすコンテンツとは、広告フォーマットにコンテンツの皮をかぶせたものではない。「人を夢中にさせる意思」を宿してこそ、初めて熱狂は生まれる。肝心なのは、「どうすれば正しく伝わるか」を悩むのではなく「これは誰かの時間を奪うに足るものか」と問うことだ。

届けたいメッセージの前に、届けたくなる世界観がつくれているか。コンテンツ風広告の「甘え」がブランドを曇らせる。その一歩を、ブランドがどれだけ真剣に踏み出せるかにかかっている。

コンテンツは体験を超え、文化の一部になっていく

今回、Spikes Asiaのエンターテインメント部門・ゲーミング部門・音楽部門で審査したいくつかの作品は、完全に「日常の中の存在」として根付いていた。楽曲として再生され、巨大音楽フェスで歌われたり、人格やアーティスト性を持ちながらデバイスの中に存在し、人の記憶に残る“感情の余白”まで抱えていたものもあった。

続きを読むには無料会員登録が必要です。

残り 749 / 1230 文字

KAIGI IDにログインすると、すべての記事が無料で読み放題となります。

登録に必要な情報は簡単な5項目のみとなります

「AdverTimes. (アドタイ)」の記事はすべて無料です

会員登録により、興味に合った記事や情報をお届けします

この記事の感想を
教えて下さい。
この記事の感想を教えて下さい。

この記事を読んだ方におススメの記事

    タイアップ