顧客基点経営を「実践」せよ
顧客基点という言葉はいまや多くの企業が当たり前のように使っている。しかしそれが単なる理念に留まっていないだろうか。本当に経営として実践できているだろうか。
私たちは、いま「DigitalInnovationの時代」のただなかにいる。1990年代後半のインターネットの普及に始まった社会全体のデジタル化は、約40年をかけて進行し、2040年ごろにその真の姿を現すと言われている。デジタル技術がもたらしたこの革新は、生活の隅々に浸透し、人々の行動や価値観、企業のビジネスモデル、そして経営そのもののあり方を変えてきた。
この社会変化に対して企業が取り組んできたのが、DigitalTransformation―いわゆる「DX」である。顧客基点という考え方は、「DX」を経て、いまや理念から実践し得るシステムに昇華している。否、DX本来の目的は真の顧客基点経営の実現にあったと言っても良い。
「顧客基点経営(Customer-CentricManagement)」とは、「顧客体験を基点としその実現に向けて企業の戦略・提案・デジタル基盤・組織を一体的に設計・運用する経営様式」である。
DXとは「誰のための」自己変革だったのか
「トランスフォーメーション」という言葉は、1956年に経済企画庁が発表した『昭和31年度 経済白書(年次経済報告)』で既に登場する。戦後復興を経て、日本がようやく「もはや戦後ではない」と宣言したその白書の末尾に、次の一節がある。
「近代化―トランスフォーメーション―とは、自らを改造する過程である。その手術は苦痛なしにはすまされない。明治の初年我々の先人は、この手術を行って、遅れた農業日本をともかくアジアでは進んだ工業国に改造した。その後の日本経済はこれに匹敵するような大きな構造変革を経験しなかった。そして自らを改造する苦痛を避け、自らの条件に合わせて外界を改造(トランスフォーム)しようという試みは、結局軍事的膨張につながったのである。」
つまり変革とは、自らの条件を前提にするのではなく、外界に合わせて自己を変革することであり、その痛みを引き受けることである。
変革か、破滅か。この認識は、現代のDXにもそのまま重なる。1956年の経済白書が記した警句は、70年を経て、デジタル化の奔流を伴って、私たちに向けられている。「外界」にあたる顧客の変化こそが前提であり、自社の既存の経営様式が前提ではない。
自己の経営をデジタル技術で強化することを目指して顧客を動かそうとするのではなく、顧客にとって価値ある新たな顧客体験を見据えて自己の経営様式を変革せねばならないのだ。デジタルはその手段に過ぎない。
顧客体験を変革の基軸に置く
DXを進めたはずの企業が、既存の経営様式をデジタルに置き換えることが主眼となり、生み出すべき新たな顧客価値が先細り、事業成果に結びつけられずに停滞している。
なぜか。それは本来目指すべき「顧客体験」がDXの前提として描けていなかったからだ。デジタルによって変化する「顧客のより良い生活」を顧客体験として描き、その実現に向けて、自社の経営様式を見直し、設計し、運用しなければならない。