『宣伝会議のこの本、どんな本?』では、弊社が刊行した書籍の、内容と性格を感じていただけるよう、本のテーマを掘り下げるような解説を掲載していきます。言うなれば、本の中身の見通しと、その本の位置づけをわかりやすくするための試みです。今回は明治大学大学院教授の首藤明敏さんが『THE CUSTOMER CENTRIC COMPANY 顧客基点経営10の実践』(岩井琢磨 編著)を紹介します。
顧客基点の実践を問う一冊
「事業の目的は顧客の創造にある」。ドラッカーの言葉にあるとおり、「現代の経営」において、顧客基点は常識のように思える。しかし、実際に自社の事業を顧客基点に立って、本気で見直し、設計し、運用するのは難しい。
ファーストリテイリングは、2000年代前半に「SKIP」というブランドで、生鮮野菜の会員制宅配事業に参入したが、採算が合わず撤退し、数十億円もの損失を計上した。その事業責任者で、後にジーユー(GU)ブランドを大きく成長させた柚木治氏は当時を振り返り、失敗の最大の原因は自身に顧客基点の考え方が欠けていたことだと総括している。誰しも、事業を行うには、会社や投資家からの資金、社員や取引先からの支えが必要であり、その責任感から、どうしても目先の売上やシェアなどを気になってしまう。結果、商品やサービスありきで発想し、真の顧客の姿が見えなくなる。
また、近年多くの企業が取り組んでいるDXも、既存の経営様式をデジタルに置き換えることが主眼となり、新たな顧客価値を生み出せず、事業成果に結びつかない場合が多い。顧客基点経営は、もはや「理念」ではなく「実践」が問われている。まさに、本書の指摘どおりだ。
顧客体験を真ん中に置くことの意味
本書は、顧客基点経営を「顧客体験を基点としその実現に向けて企業の戦略・提案・デジタル基盤・組織を一体的に設計・運用する経営様式」と説く。
近年のデジタルテクノロジーの進化によって、購買のプロセスも激変した。メディアを通して大量の情報を提供しなくても、一度の顧客体験が印象的なものであれば、おのずと情報は拡散していく。さらに、その体験は、単なる「購買者としての体験」ではなく、「生活者としての体験」である。人は商品の購買者である前に、いろいろな側面を持つ生活者である。その視点に立てば、経営者自身も社員も、供給者であるとともに、自らが需要者であることに気づかされる。
顧客基点経営をいかに実践するか
顧客基点経営を実践するフレームワークとして本書は、「事業目的→顧客価値→顧客体験→顧客理解→事業組織に至る価値のライン」と、「事業目標→顧客戦略→顧客体験→顧客提案→事業成果に至る数値のライン」を提言し、それぞれについて各章で論じている。「ただのひとつも、新しい理論を示していないが、これらの領域はつながって初めて機能する」という筆者の指摘は印象的だ。
また、最終章では、コンサルティングファーム「顧客時間」が目指してきたネットワーク組織とプロジェクトマネジメントについて論じている。加えて、各章に挟み込まれた、粒違いのマーケティングプロフェッショナルによるコラムが、最新の市場環境の中における実践知を示してくれている。
本書は、DXという波に加え、生成AIの進化と浸透によって、マーケティングのパラダイムが全面的に転換しようとしている今、経営の本質に立ち返られてくれる一冊と言ってもいいだろう。

『THE CUSTOMER CENTRIC COMPANY 顧客基点経営10の実践』
岩井琢磨 編著/定価2,200円+税
DXを推進しても、なぜ事業成果に結びつかないのか。その要因は、本来基点となるべき「顧客体験」が描けていないことにある。本書は、編著者・岩井琢磨が共同CEOを務めるコンサルティング・ファーム「顧客時間」での数多くの変革プロジェクトを通じて培われた実践知を初めて体系化した一冊。
