人的資本経営が定着する一方、人事データを経営判断や現場の行動変容につなげることは容易ではない。2026年7月29日に開催した「人財会議カンファレンス」では、その実践に向けた考え方と事例を共有した。
未来像から逆算する
ビジネスリサーチラボ 代表取締役の伊達洋駆氏は、「人的資本経営の進め方~人・組織の未来像の描き方とデータ活用のポイント~」をテーマに登壇した。
人的資本情報の開示やデータ活用が進む一方、開示内容と従業員が日々経験している実態が乖離していると、企業への信頼やエンゲージメントを損なう要因にもなり得る。伊達氏は、人的資本に関する情報を読むのは投資家や求職者だけではなく、企業の実態を知る従業員も重要な読み手だと指摘した。
では、どこからデータ活用を始めるのか。伊達氏が起点に据えたのが、自社の「人・組織の未来像」だ。手元にあるデータから考えるのではなく、まず「自社はどのような事業価値を生み出したいのか」「そのために従業員にはどのような行動が必要か」「それを支える職場やマネジメントはどのような状態か」を考える。そこから未来像の実現に必要な要因を仮説として立て、必要なデータを選び、分析したうえで施策や経営判断につなげていく。この順序こそが、人事データを意思決定に生かす鍵だと説明した。
ビジネスリサーチラボ 代表取締役 伊達洋駆氏
調査を施策につなぐ
続くセッションでは、クレオ マーケティング企画部マーケティングリサーチ課 ストラテジックリサーチャーの横井祥太氏、同社東日本マーケティング本部 ストラテジックリサーチャーの工藤玲氏、日本能率協会コンサルティング 経営コンサルティング事業本部 シニア・コンサルタントの江渡康裕氏が、「『働きやすさ』だけでは業績は上がらない。~エンゲージメントデータを経営判断に変換し、組織成果へ落とし込む『3つの視点』~」をテーマに登壇した。
従業員エンゲージメント調査は多くの企業に広がったが、結果を具体的なアクションへ落とし込めない、改善を誰が担うのか曖昧になる、業績とのつながりが見えにくいといった課題も残る。登壇者らは、スコアだけを見るのではなく、その背景にある従業員の声まで捉え、現場ごとの違いを踏まえて改善の優先順位を定める必要性を指摘した。
セッションでは、「個」「組織」「顧客志向」という3つの視点からエンゲージメントを捉える「E² Compass」と、スーパーマーケットでの導入事例を取り上げた。調査による現状把握だけで終わらせず、課題を特定し、施策の優先順位を決め、実行までつなげる。こうしたプロセスを通じて、従業員エンゲージメントを組織づくりだけでなく、顧客価値や事業成果まで含めて捉える考え方を解説した。
クレオ マーケティング企画部マーケティングリサーチ課 ストラテジックリサーチャー 横井祥太氏
クレオ 東日本マーケティング本部 ストラテジックリサーチャー 工藤玲氏
日本能率協会コンサルティング 経営コンサルティング事業本部 シニア・コンサルタント 江渡康裕氏
データを推進力に
日揮ホールディングス 専務執行役員 CHROの花田琢也氏は、「AI時代に求められる『資質』の可視化と、従業員の納得感を高めるデータ活用」をテーマに登壇した。
同社では、人事戦略の羅針盤として「船中八策」と呼ぶ重点プログラムを設定し、人財ポートフォリオや育成、エンゲージメントなどの施策を進めている。花田氏は、データそのものを目的にせず、人事施策を前に進めるための「エネイブラー」として活用する考えを述べた。
その一例が、知識やスキルだけでは捉えにくい個人の「資質」の可視化だ。同社では、胆力、洞察力、好奇心、客観性、素直さの5項目から資質を捉え、AIも活用しながら本人の自己認識や配置、チームビルディングに生かそうとしている。
さらに、企業のパーパスと個人の価値観を接続する「パーパスジャーニー」や、社員から広く案を募り、AIによる構造化も取り入れながらブランドメッセージを策定した取り組みにも触れた。一連の事例では、数値化しにくい資質や本人の思いも含めて捉え、人事施策にデータを生かす考え方が共通していた。
日揮ホールディングス 専務執行役員 CHRO 花田琢也氏
職場をつなぐ共通言語
最後に登壇したのは、デンソー 人事企画部 カルチャーデザイン室 担当係長の藤澤優氏と杉浦秋彦氏。「データで拓くキャリア自律の実践とAI時代のピープルアナリティクス」をテーマに、同社の取り組みを取り上げた。
事業ポートフォリオの転換が進む中、デンソーでは「エンゲージメント」と「人材ポートフォリオ変革」を人材戦略の柱に据えている。社員のキャリア自律を支えるうえで重視したのが、上司と部下の「対話の質」だ。質の高い対話をデータから特定したうえで、社員アンケートによってその状態を可視化し、結果を管理職へフィードバックする。さらに、面談に対する部下の評価が高い上司へのインタビューから好事例を言語化し、示唆として共有してきた。
こうした取り組みを続ける中で、対話の質とエンゲージメントはともに向上してきたという。杉浦氏は、データには分析材料としての役割だけでなく、人事と職場が施策を考える際の「共通言語」としての価値もあると話した。
さらに藤澤氏らはAI時代を見据え、個人や組織の状態を測る従来のピープルアナリティクスから、人と人のつながりや暗黙知の価値など、新しい対象まで視野を広げようとしている。AIによって仕事のあり方が変わる中、人事がどのようなデータを捉え、職場と共に価値を生み出していくのか。ピープルアナリティクスと人事自身の役割をどう変えていくかという展望を語り、セッションを締めくくった。
デンソー 人事企画部 カルチャーデザイン室 担当係長 藤澤優氏
デンソー 人事企画部 カルチャーデザイン室 担当係長 杉浦秋彦氏







