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プロのコトバには「電波がある」、相手の感性に「ピッ。ピッ。」

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【前回記事】「残る広告、残らない広告の違いは? 世紀を超える「コトバ財産」を考える」はこちら

戦後70年、女の時代を牽引してきた「力のある広告」を選りすぐり、100点以上の広告を紹介する新刊『広告は、社会を揺さぶった ボーヴォワールの娘たち』が宣伝会議から発売された。それを記念し、著者の脇田直枝氏に世紀を超える広告の条件について語ってもらった。

若い女性が浅葉克己さんを訪れた理由

1977年出稿の西武百貨店の広告。アートディレクションは浅葉克己氏、コピーライターは日暮真三氏。
出典:脇田直枝著『広告は、社会を揺さぶった』(2015年)

「この広告に感動しました。レポートに書きたいのです」と、ある時、帰国子女だという若い女性がアートディレクターの浅葉克己さんを訪ねてきた。日本の女性論を纏めていて一枚の西武百貨店のポスターが目に留まったという。そしてその制作意図を聞かせて欲しいという。水晶体のような三角系をバックに、女性が腕を組み、まさに跳び箱を飛び越えんとしているポーズ(でも、両開きの足は異常に長く大きい)をしている。キャッチフレーズは「飛びたい人の、」であった。

というような話を浅葉さんのブログで見たことがあって「へえ、広告でフェミニズムを調べている人もいるのだ」と私は思ったことがあった。

コピーライターは日暮真三さんだった。新聞掲載は1977年。当時米国ではウーマン・リブの運動が広がり、エリカ・ジョングの本『飛ぶのが怖い』が350万部超のベストセラーとなって女性解放運動のシンボルとなった。日本でも進歩的発言すると「アイツは飛んでる女だから」という目で見られ、「翔んでる女」が流行語にもなった。西武の広告「飛びたい人の、」は当然ウーマン・リブの影響と思ったが、そうではないことを書籍『広告は、社会を揺さぶった』で日暮さんは語っている。

「僕の頭にはヘンリック・イプセンの『人形の家』のノラがあった」と。『人形の家』は人形のように可愛がられ大切にされて暮らしていた妻が、一人の人間として目覚め子供も夫も捨てて家を出ていく、という戯曲である。これが書かれた1879年当時はスキャンダラスで不道徳とされたけれども、演劇界を震撼し、フェミニズムを立ち上がらせることになった。1911年には日本でも松井須磨子さんがノラを演じ話題となった。

この広告を書いた当時の日暮さんは30代そこそこ。その日暮さんの心に『人形の家』のノラはずっと以前から住みついていたのだ、ということに私は驚いた。

『人形の家』は明治・大正・昭和の演劇界にも衝撃を与え、何度も上演されてきたが、若い日暮さんはこの古典的戯曲を知っていたのだ。エリカ・ジョングの『飛ぶのが怖い』登場よりもはるか前に日暮さんはノラに出会い憧れを持っていたのである。

感性とは教養を醸したものだ

その後の日暮さんの軌跡をたどると、引き出しがものすごく多く、教養深い人であることがわかる。しかも目線が温かい。(目線が温かいから、童話や詩も書き、成功しているのだろう)

「長い時間をかけ苦労して育てた牛から わずか25足の靴しかつくれません」(クラリーノ)

例えば、この「長い時間をかけ苦労して育てた牛」というフレーズ。キャッチフレーズとしては長く回りくどい。しかしそこに牧場主の思いが伝わってくる。日暮さんはわざわざ牧場まで見に行ったわけでもないだろう。1枚の大きな鞣し皮を見ただけだと思う。一枚の皮からこれを育てた人の心配りまで想い、発想する。

私だったら「3メーターの皮から、25足しかつくれません」ぐらいしか発想できない。

「情報が人間を熱くする。」(リクルート)

「熱くする」が効いている。「大きくする」「進化させる」でもダメだ。「熱くする」が、仕事情報を得て喜び勇んで行ってみようか、という前向きな気持ちを感じさせる。

感じさせる、感じる、が、コピーライターにとって最も大切な技術だと思う。キャッチフレーズで人の心に電波を飛ばせられるか、飛ばせられないか、がプロと素人の違いではなかろうか。

日暮さんのコピーで最もショックを受けたのは西武百貨店の広告「感度いかが?ピッ。ピッ。」だった。女性なら「そう、そうなのよ、好きな服ってあっちからピッピッと電波を送ってきて呼び止めるのよ」と。

書籍『広告は、社会を揺さぶった』では、「女の時代」を牽引した100点以上の広告を掲載。70年の歴史とともに解説している。詳細・購入はこちら(Amazon)。

日暮さんのもう一つの引き出しは転身術である。女性のマーケットを相手にするときは女性の気持ちにすっと転身するところだ。ピッ。ピッ。は女性の買い物心理を見事にコトバ不要にしている。「あなたにピッタリの服が見つけられますよ」なんて無駄なコトバはいらない。

このように相手の感性にピッ。ピッ。と響くコピーを書けるようになるにはどうしたらいいだろうか、というのは私の長年の課題である。日暮さんはたくさんの本を読み、映画を見、音楽を聴き、ニュースを聞き、それらの果実をワインに仕込むかのように心の中で醸成しているのだろう。だから目線が熟成し、人の心に乗り移れるのだと思う。フェミニズムを意識していないといっているが、ノラは日暮さんの中に生きて居て、こんなコピーも書かせている。

「結婚すると、女は自由になる。」西武百貨店

「知性のふくらみをバストより大きくしたい」西武百貨店


脇田直枝
コピーライター。元電通EYE社長。

早稲田大学卒業後、フリーを経て電通入社。男社会の牙城だった広告業界で女性だけの広告代理店、電通EYE を設立、代表取締役を務めた。集英社『COSMOPOLITAN』創刊時、「この雑誌には、エクスタシーがある」という広告コピーをはじめ、国鉄、サントリー、松下電器、など数多くのキャンペーンを手がけ、時代時代で女性たちを鼓舞し、牽引してきた。2000年東京都「第2回男女労働者に優しい職場推進企業 能力活用特別賞」、2001年モンブラン社「第1回ビジネス・ウーマン・オブ・ザ・イヤー賞」、2003年「第43回日本宣伝賞吉田賞」など受賞。