2月下旬のある日、ニューヨーク・ソーホーにあらわれた巨大な広告。それはニューヨーク・ヤンキースの遊撃手デレク・ジーター選手の横顔がビル一面に描かれたかみそり「ジレット」の屋外広告だ。
ニューヨークのビルの壁画広告は珍しくはないが、これは今までのものとはちょっと違う。初日、絵描き職人がジーター選手の顔を丁寧に描きあげる。「おや? ジーターの顔、いつもと違うな」とヤンキースファンなら思っただろう。ジーターの頬から喉元にかけて、うっすらと無精ヒゲが生えている。ヤンキースはチーム規律として「あごヒゲ厳禁」を伝統としている。2日目、ジーターの顔にジレットのシェービングクリームが塗られた。「まさか……」と通行人が思った3日目、職人たちの手によってヒゲはさっぱりそり落とされた。
この壁画広告は、初日―無精ヒゲ、2日目―シェービングクリーム、3日目―剃る、を1サイクルに毎日職人が描き替えるもので、3月6日まで続けられる。この広告が登場して以来、ニューヨークタイムズ紙や数々のオンラインメディアで取り上げられ、ニューヨークでもっともホットな屋外広告になった。
偶然であるが、ジレットにとってこれ以上ない好条件が揃っていた。メジャーリーグのキャンプインに合わせ、ジーターは昨年から建築中であったキャンプ地近くの6億円の豪邸に引っ越したばかり。「ジーター豪邸に引っ越し!」がキャンプ情報のトップに。さらに、ヤンキース共同オーナーのハンク・スタインブレナー氏から昨年の敗因について「中には豪邸を建てるのに忙しく、勝つことに集中していなかった選手がいる」とジーターを揶揄(やゆ)するような発言が。「俺の名前は出てないし“単数”ではなく“複数形”で言ってただろう」とジーターは煙に巻くが、「豪邸騒ぎ」は収まらない。
そんな折に登場した「時の人」のヒゲ剃り壁画広告。ジレットとしては願ってもないタイミングだったと言えよう。(松本泰輔)
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