コラム

メディア野郎へのブートキャンプ

読者の「ペルソナ」設定が、メディア作りにおいて重要な理由〜メディア編集者は、対象読者の「イタコ」となれ!〜

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ちょっと脱線しました。具体論に戻ると、定量データによる読者セグメント設定だけを幾ら繰り返しても、ペルソナが「活き活きと独り歩き」をはじめることはありませんし、日々の編集判断ではあまり有効にはなりません。例えば、「20代後半〜30代前半の高学歴(具体的には4大卒以上)で健康志向・自然志向(=オーガニック食品・化粧品などを継続的に購買)の強い都市(=三大都市圏)に住む女性」を、マーケティング的にターゲット読者を想定し、この夏に創刊しようとしている、エコ・マガジン「エコロハ」(架空)の編集長に、アナタがなったと想定してみてください。

編集会議で、スタッフから「今度、日比谷公園で、10万人の反原発デモがあるんです!オーガニックなライフスタイルを提案するエコロハとしても、取材し応援すべきじゃないでしょうか?」と言われたら、アナタはどう判断するべきでしょうか? 取材すべきでしょうか?しないべきでしょうか?

こういう場面では、いちいち「ロハス共感女性における反原発デモの参加意欲について」といったような定量的な「読者リサーチ」をしている時間もコストもありません。しかしながら、事前に脳内にデータの集合体でなく、活き活きと独り歩きできる「読者ペルソナ」を飼えておければ、自ずから、答えは出せるはずなのです。

あたかも、友達の顔を思い浮かべて「あの子は、反原発デモの記事に興味があるだろうか?」と考えるように、読者ペルソナを一人の人格として、思い浮かべるのです。データ自体は物語ってくれませんが、キャラ化され、良くできた読者ペルソナなら、ここで語ってくれるわけです。「なんか、デモってぇ、日焼けしそうだし、人ごみは疲れるから行きたくないなあ。ワタシは・・」的に答えを出してくれるはずです。(この回答はあくまで例ですが。)

このように、擬人化のパワーを利用し、対象読者の気持ちに、イタコのように憑依してみることで、上記のようなシチュエーションでの編集ジャッジの速度と精度、一貫性は飛躍的に高まるでしょう。

人間の想像力には限界がありますから、実際のペルソナ作りには、想像力を補完するために、対象ターゲット層を呼んで、いわゆるグループインタビューをやることは極めて有用です。実際に私が関わった「R25」の創刊段階では、のべ数十人の対象読者層とのグルインを実施しました。そのプロセスを経て、編集責任者の藤井大輔さんが、M1読者層の「イタコ」と化すプロセスは「R25のつくりかた」に描かれていますので、ぜひご興味のある方はお読みください。

さて、組織的なメディア作り、特に雑誌のような大規模な商業メディア作りには、多くの人が関わります。広告代理店のメディア側の関係者から、外部の契約スタッフ、そして、何よりも、「これは私たちのための大事なメディアなのだ!」と愛着を持ってくれる読者層。こういった特に毎日会うことが出来るわけでもない人たちにまで、出来るだけ「ウチのメディアを実際に読んでいる人は、コレコレこういう感じの人なのです!」と腹に落ちて納得してもらえる状態を作りだすことは、メディア編集者や、メディア経営者にとっては、非常に重要な事柄です。

そこで、往々にして行われるのが、読者の「ペルソナ」を分かりやすく、外部に体現するアイコンとしての表紙専属モデルや、読者層を指す造語の対外的なアピールになります。例えば、LEONという雑誌は、「ちょいワルオヤジ」という言葉で、彼らの読者ペルソナをうまくラベル貼りしてパッケージングし、そして、その「ちょいワルオヤジ」を体現する存在として、ジローラモ氏を表紙モデルに用いました。CanCamは、ゆるふわ愛されOLというように読者のペルソナにラベル貼りし、それを「エビちゃん」というキャラで体現したわけです。

この域にまで到達できると、広告主・広告代理店関係者・外部スタッフ・読者の間で、どういう人が、何のために、読んでいるメディアなのか?その文脈:コンテクストについての理解のレベル、イメージの解像度が一気に上がりますから、広告的・商業的には非常に成功しやすいわけです。

そして、この広告主に向けて語られる「読者ペルソナ」の設定が、広告主の脳内に呼び起こす「ああ、このメディアの読者は、ウチの製品のターゲットユーザーと近いな!」というシズル感が強ければ強いほど、広告メディアとして、単なる「クリック幾ら?インプレッション幾ら?」のコモディティ商売からの脱却も可能になり易いと筆者は確信しています。

メディアとしての収益を最大化する観点から言えば、読者のペルソナ設定は、あまりにピンポイントでニッチになり過ぎないバランス感も、また必要となります。なぜならば、広告受注を狙う複数の広告主のターゲット消費者像との最大公約数的な存在である必要もあるからです。共通性を持ちながら、一人ひとりの読者には「あ、これはワタシ向けのメディアだ!」とピンと来てもらう、このバランスにこそ、ペルソナ設定の難しさがあります。

これまで、読者のペルソナ設定について語って来ました。私も特にこの部分では勉強の途上ですし、別に普遍的に「正解」を出せるメソッドがあるようなものでは、そもそも無いと思っています。

本コラムをここまで読んで頂いた皆様には、そのことを踏まえたうえで、読者ペルソナ作りは、定量調査と定性調査、編集的なコダワリと広告的な分かりやすさ、ファンタジーとリアリティとの間に産まれ落ちるアートとサイエンスのちょうど中間のような技芸だと思って頂きつつ、ぜひそれぞれの皆さんが関わるメディアにおいて、「読者ペルソナ」について思いを馳せて頂きたく思います。

私は、ペルソナ作りは、本当に奥が深く面白い、メディアづくりの中核スキルだと確信しています。さて、次回のコラムは、打って変わって、メディア運営のエコノミクスについて、考えてみたいと思います。

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