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「商品」の先にある企業や社員の「振る舞い」をデザインする―電通・岸勇希氏

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社員の行動や発言は企業人格に直結する

企業人格や企業イメージの醸成に、社員一人ひとりの行動や発言が大きな影響を及ぼすようになったのは、今にはじまったことではありません。

たとえば、1999年に起こった東芝クレーマー事件。東芝のお客さま窓口に苦情を訴えた生活者が、担当者の乱暴な対応に憤慨し、やり取りを録音してネットに公開したことで大炎上を引き起こしました。細かい経緯を見れば、苦情を寄せた側にも問題があり、企業には情状酌量の余地があるとも思えます。しかし結果は、東芝にマイナスな結果となりました。

この事件から学ぶべきは、商品の品質とは別の次元で、一人の社員の行動によってイメージがつくられるケースがあり得るということでしょう。最近では、ソニーのオーディオビジュアルの責任者がアップル製品の音質を「インスタントラーメン」、自社製品の音質を「一品料理」と発言したことから、「だからソニーは負けるんだ」と波紋を呼ぶようなこともありました。この場合は、発信元が役員なので、取り上げられること自体は、当然の事とも言えますが、いずれにせよ、企業に所属する人間のいち発言や行動が、企業人格の一つとして生活者の印象に直結してしまう可能性があるというのは、意識しておくべきだと思います。

そういう意味でも、商品の品質や広告メッセージだけで他社と競争する時代ではなくなった今、広報として、社員への情報戦略と合わせて、アイデンティティの育成は重要な課題になるのではと思っています。

企業人格を戦略的に演出するという視点で言えば、私は特定の社員を打ち出していく必要性は感じません。たとえば、NHN Japanやサイバーエージェントは、役員、広報、開発者などいろいろ部署・役職の社員が多数メディアに登場しますが、全員がその企業らしさ、カラーを持っている印象を受けます。リクルートなんかもそうですね。

誰か一人のキャラクターが突出するのではなく、社員の誰に会っても、誰が出ても、その企業らしさが体現できている。そのことが、ぶれない企業人格をつくるのではないかと思っています。これは、やみくもに社員に「積極的に発信して」と働きかけるのでは実現できません。むしろ、企業アイデンティティが固まっていない時に、社員が表に出ても何の発信にもなりません。

企業人格は、中小企業であれば社長が体現しているかもしれませんし、50年間安全・安心に関わる商品を出している企業であれは、「安心・安全」な商品イメージかもしれません。新商品を次々に開発する文化を持つ企業であれば、「ワクワクをつくる会社」「挑戦的な会社」という企業人格になるかもしれません。

手前の話で恐縮ですが、電通の鬼十則、100色の名刺は、そういう意味ではまさに社内外に対する広報ツールになっています。社外の人に電通の社員はこのように仕事をする、というイメージを与えつつ、社員に対しても守るべき指針となる。名刺は、個性を持って闘うという社内外へのメッセージだからです。

提案する領域は事業や経営そのもの

AQUA2

アクアの生産を全て岩手で行うというトヨタ自動車の決断もまた、「SAY」ではなく「DO」。アクア1号車が納品される様子は、社員向けのドキュメンタリー映像になり、DVDでグループ社員に配られた。

トヨタ自動車は2011年、公の場で「日本のものづくりを見捨てない」という発言をしていましたが、発言以上に、「アクアの生産をすべて岩手で行う」と決断したことが、最もその姿勢を強烈に世の中に伝えたと思っています。東日本大震災後のこのタイミングで、岩手で全てを生産することには多くの困難があっただろうと容易に想像できます。「メッセージ」ではなく「ファクト」そのもの、物語を「語る」のではなく「紡ぐ」ことで、生活者のみならず社員も動かしました。

私たちは、アクアの岩手生産を受け、社内向けのドキュメンタリー映像をつくりました。本社のみならず、販売店に至るまでその映像DVDを配布されましたが、そのことがトヨタ社員のモチベーションアップに大きく寄与したことは間違いありません。

このように考えると、広報はもちろん私たち企業コミュニケーションに携わる者が関与する領域が変化しつつあることに気づきます。実際、アクアのプロモーション活動には、3つの変化がありました。

1つ目は、先ほど述べた「SAY」から「DO」へ。2つ目は、「キャンペーン」から「プロジェクト」へ。私がトヨタに提案したのは、従来のような「キャンペーン」ではなく、経営や事業活動に関わる「プロジェクト」そのものでした。そして、「プレゼンテーション」から「ファシリテーション」へ。トヨタに「プレゼンテーション」してゴーサインを得るのではなく、「ファシリテーション」しながら、アクアの本質的な価値をどのように世の中に伝えるかを共に考えていきました。つまり、これは事業、経営そのものに関わる活動です。

そもそも、広報は「SAY」に始まるものではなく、「DO」をベースとし、経営や事業活動を伝える経営参謀だと思います。メディア対応するという“機能”ではなく、商品の先にある企業や経営者、社員の思いをいかに伝えるか。企業人格、人柄というものをいかに形成し、コントロールするか。こうした本来の“役割”を意識して広報活動の役割を改めていくことを求められていると思います。(談)