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勝利のカギを握る「マグネティックコンテンツ」とは?ーー本田哲也

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急成長するデジタルクリエイティブ・エージェンシー

マーケティング環境や消費者の変化に呼応するべく、広告主の変革が始まろうとしている。一方で、我々エージェンシーサイドに起こりつつある変化はどうなのか。このヒントは、欧米を中心にここ数年で大きく台頭してきた「デジタルクリエイティブ・エージェンシー」と呼ばれる企業群にある(本稿では、「決めゴト」として彼らをそのように総称する。

実際のところ、その領域はデジタルやらエージェンシーやらの概念を超え始めているし、彼らも現時点で規定されることを嫌う。チーフ・クリエイティブ・オフィサーが「広告界のイチロー」とも呼ばれるレイ・イナモト(稲本零)氏が担っていることもあり、AKQAが日本では有名だろう。その他、VML、R/GA、Razorfish、SapientNitro、180、Digitas、EVB…新興エージェントまで含めればキリがないのだが、あえて僕が彼らの特徴をあげるとすれば、従来からある「クリエイティブ・エージェンシー」と「デジタル・エージェンシー」のどちらとも定義できないことだろうか。

長い間、広告クリエイティブあるいはアートディレクションの世界で活躍してきた数限りないクリエイティブ・エージェンシー。2000年前後のいわゆる「ドットコム・ムーブメント」を経て、媒体としてのデジタルを強みとして存在を増したデジタル・エージェンシー。そしてここ数年、そのどちらともいえない(あるいは双方が融合した)発想とアプローチで存在感を増しているのが彼らだ。代表格のAKQAはほぼ10年で全世界1500名の規模まで成長した。VMLも同様に1500名とその規模を拡大している。

今回の米国滞在では、東海岸ではWPPグループを代表するAKQAとVMLのニューヨークオフィス、西海岸でオムニコムグループに属する180のロサンゼルスオフィスとEVBのサンフランシスコオフィス、計4社を訪問しマネジメントと面会。戦略PR会社という立場の僕と彼らとの間で、非常に有益な意見交換や将来ビジョンが語られた。

「広告」ではなく 「プロダクト」の創造が始まっている

サンフランシスコ。有名なフィッシャーマンズワーフから10分ほど歩けば、港町として栄えた歴史を感じさせる、レンガづくりの倉庫街が現れる。オレンジ色の建物と緑の対比が美しいユニオンストリートに、EVB のオフィスはある。

EVBは現在オムニコムグループに属するデジタルクリエイティブ・エージェンシー。フェイスブック、マイクロソフト、ナイキなどをクライアントに抱え、米「AdAge」誌の「Agency A-LIST Standouts2013(2013年注目の10社)」の筆頭に挙げられた新進気鋭のエージェンシーだ。オフィスに足を踏み入れると、ウッドを基調にグリーンが配置され、数匹の犬(!)まで走りまわっている。まるでアウトドアブランドのオフィスのようで、いわゆる「デジタル」の匂いはない。

しかし、CEOのダニエルに案内された地下フロア(ここはその昔、TBWAが入居していて広告フィルムや写真の撮影に使われていたとか)では、興味深い光景を目にすることができた。まだ20代とおぼしき一人の「エンジニア」の目の前の大きなワークデスクには、何やらテスト待ち状態のスマートフォンが数十台も並んでいたのだ。思わず「これは何?」と尋ねれば、「これはさすがに教えられない。企業秘密だ」とダニエルはウインクしながら僕をその場から押しやった。

数十年前、「広告の制作現場」だった地下フロアは、最新のソーシャルテクノロジーを駆使したコミュニケーションツールを生み出す「ワークショップ(工房)」へと姿を変えているのだ。

EVBのチームは、主に「ストラテジスト」「クリエイティブ」「テクノロジスト」の3職から構成される。そして彼らが特に強調していたのは、その3者はクライアントの課題に対して「同時に」ディスカッションを始める、というものだ。どうしても従来であれば、「課題に対する戦略」→「その戦略に沿ったクリエイティブ」→「そのクリエイティブを実現する技術」とリニアに仕事が進みそうなものだ。

しかしEVBはあえてそれをしない。ノンリニアに、戦略とクリエイティビティと技術が溶け合った、「ソリューション」を生み出そうとする。そしてそれは多くの場合、企業メッセージや商品便益を伝える「広告」の範疇を超え、「Consumer Activation Tools」つまり、「ダイレクトに消費者行動を活性化させるツール」の開発までに及ぶ。

「広告の未来は広告ではない」―これは前述のレイ・イナモト氏の言葉だが、皮肉なことに、これを裏付けるような潮流は間違いなく生まれつつある。

NYで、AKQAのアカウント責任者のライアンは言った。「全世界で1500人がAKQA で働いている。そのうちどれくらいがテクノロジストだと思う?」一瞬答えに窮した僕に、彼は少し楽しそうに言った。「およそ400人。僕たちの3分の1は、最新技術を理解し、コードを書いてプログラミングができるんだ」。

ナイキの「NIKE+ Fuelband」が2012年のカンヌでサイバー部門などを獲得した際「これは広告か?」という議論があったことは広告界では有名だ。こうした「広告というよりもソリューション」という発想は、AKQA がデルタ航空のために開発した「FLY DELTA APP」にも表れている。

日本でも導入が予定される機内Wi-Fi だが、デルタでは米国内線で800機以上に搭載されている。この環境を最大限に活用した「FLY DELTA APP」は、ありがちなフライト予約や旅先情報ではなく、GPSとソーシャルネットワークと連携することで、現在飛行中のエリアの情報を取得できたり、自分のフェイスブックの友人たちの居場所が表示されるなど(「今ちょうどお前の家の上を飛んでるぞ!」とチャットするとか)、まさに「デルタでの新しい飛行体験」そのものを提供するものだ。

500万ダウンロードされ、1日10万人が利用することになるこの「FLY DELTA APP」は、もはや「広告」ではない。「サービス」あるいは「プロダクト」としか呼べないものなのだ。

クリス・アンダーソンが自著「MAKERS」で提唱したメイカーズムーブメント。3Dプリンタの登場やソーシャルネットワークの普及で「誰もがものづくりができる時代」の到来を告げている。

AKQAのようなエージェンシーがクライアントに提供しているのも「広告」ではなく「プロダクト」。いわばエージェンシーの「メイカーズ化」が始まっているのだ。VMLのNY代表のザックとグローバル責任者のJJは口を揃える。

「僕たちはもはや、新しいエージェンシーモデルをつくりあげていると自負している。多くのクライアントが、まだ僕たちを『大きくなったデジタル代理店』くらいに思っている隙にね」。そう言って、もうすぐマジソン街から引っ越して、なんとセントラルパークのど真ん中にオープンさせるという新オフィスのデザインを誇らしげに見せてくれた。

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written by sendenkaigi