本コラムでは講師陣や実績を上げた修了生が登場し、アートディレクターとしてブレイクスルーを感じた瞬間や仕事上のターニングポイント、部下・後輩の指導法について語っていただきます。第一回は講師を務める電通の田中元氏です。
Q 実際にアートディレクターになって、理想と異なっていたことはありますか?
回答者:田中 元(電通/アートディレクター/クリエーティブディレクター)
理想かぁ~。初心に帰れるいい質問。ハッキリ言って異なっています。
学生だった 20年以上前から憧れだったのは、
「葛西薫さんのような静かで深くて美しい広告。」
「大貫卓也さんのようなハイブローでカッコ良いいのに、ウチの母親も笑ってしまう広告。」
「佐藤雅彦さんのような子供でも歌ってしまうヤミツキな広告。」
僕がADになったら、そんな3タイプの表現を毎回一人で作って世の中をがっつり沸かしちゃうぞ~!賞とかバンバン!などど無邪気に考えてました。無茶だしバカ。
でもその頃、世の中に溢れる広告がメチャクチャカッコ良くて憧れるのもムリ無いですよね。
大学でグラフィックデザインを勉強していた訳ではなかったので実際の広告物を手本に我流で原稿作って、多分たまたま電通入社。
そこから劣等感だらけで、だましだましやって来た気がする。
でもそんな中、セオリーやルールみたいなものを知らないのって逆に強いのかも!って思い、世に出ている原稿とはなるべく違うものを目指して作ってきた。
そのせいで結局ルールとか勉強しちゃったけど。当時はできるだけ広告に見えないものを作ろうとか、文字組しないで済むように文字要素を実際に空間に入れて一発撮影しちゃえとか。
そうやってなんとか自分にできることをやっていたら、完全に、憧れていたような原稿とはかけ離れていった。そもそも作れる訳ないけど。
だから学生時代や新人の時に思い描いていた理想とは違うと言えば違います。でもね、今はちゃんと仕事して商品が売れるような広告を世に出しているので、僕はアートディレクターという職業はきちんと機能させているつもりです。
そう、今思えば始めのうちは表面ばっかり見てた。葛西さんも大貫さんも雅彦さんも広告が完璧に機能していて商品が動くからカッコいいのに、その仕上がった世界観ばかりを追いかけていた。もっと大きな見方をすることが ADなのに目新しいデザインやアイデアを評価してもらおうと考えていたのかもしれない。
そういうことに徐々に気付いていくことが、デザイナーからアートディレクターになって行くということかもしれない。
いい仕事をしている人に在る共通する揺るぎない野太い「芯」のようなもの、それを手にしてアートディレクションできることが理想だと思わなきゃ。
しかし果たしてそんな偉業を成し遂げられる「芯」ってどこにあるんだろう。まずは細くてもいいから自分の中にあってほしい。
理想に近づくというのはそんな憧れのものを自分に体得してピタリと重なるまで頑張るという感じかな。
でもこの文章を書いていて分かったけど、理想って時代や自分の成長でふわりと変化していくものなのだ。理想は夢に似ていて努力の指針だ。
いつも理想を、走っている自分の少し前の方に置いておき、追いつこうとしても形を変えて遠ざかる。そうやって長く走れるようにしているのだと思う。
だから、「今が理想通りだ」とは一生言えないかもしれない。
僕、友達によく言うんです。次に生まれ変わったら、今とは別のタイプのアートディレクターになって、また広告を作りたいって。
そのくらい広く深く永く走りがいのある素敵な職業だと思っています。
プロフィール
田中元(たなか・げん)
電通 アートディレクター/クリエーティブディレクター
主な仕事に、角川文庫 「発見!角川文庫」、東京ガス 「火ぐまのパッチョ」、ロッテ「TOPPO」、貞子3D 「貞子増殖 渋谷イベント」、大塚製薬 「ポカリスエット イオンウォーター」、イー・アクセス 「挑んでる? EMOBILE」、日本スポーツ振興協会 「10億円BIG」、マクドナルド 「BITE! QUARTER POUNDER」他。主な賞暦にカンヌメディアライオン、アドフェスト、クリオ賞、NYフェスティバル、ロンドン国際広告賞、グッドデザイン賞、キッズデザイン賞、毎日広告賞、読売広告大賞、ACC賞、交通広告グランプリ他。
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