森永真弓さんに聞きに行く 「自分で手を動かす人の仕事術」(後編)

share

内側から扉を開く存在になる

森永:震災のときに個人的にショックだったのが、バラエティー番組は放送されるようになったのに、相変わらずテレビCMはACのままだった時期のことです。

バラエティー番組よりも広告の方が不謹慎だと思う人が世の中にはいっぱいいるからACから戻さないと捉えられるなって感じたんですよね。そうか、自分が関わっている広告は不謹慎なのか、と突きつけられた気がしました。

経済を回して、世の中を元気にするガソリンの一端を広告は担っているはずなのに、復興のために経済活性化だって言われている中で広告は戻してもらえない絶望感はけっこう堪えました。

ネット広告なんか特に「イラナイ」って言われることが多いんですけど、邪魔者ではないたたずまい、そして受け入れてもらえることを考え続けなければいけないなと強く思いました。

廣田:電通と博報堂で個人的な友達関係はあると思うんですけど、割とこういう場で話をしてこなかった歴史があるなと思っていて、でも、今はかつての「電博の対立」っていう話でもなくなってきているようにも感じます。

森永:そうですね。業界の変化の中で、クライアントも知見を詰んだ担当者が増え、広告会社に求めることが変わってきたとか、システムコンサルやビジネスコンサルがコミュニケーション領域に入ってきたりと、広告業界から競合が広がってきているのが最近の変化だと思います。

廣田:マンガ「気まぐれコンセプト」(ビッグコミックスピリッツ連載)的な世界は、局所的にはあっても、大きく見ると業界自体が面白く変化して、アイデアを一緒に出したり、こういう対談で刺激を受けたりする機会が増えていくといいなと思っています。

森永真弓(博報堂DYメディアパートナーズi-メディア局)

森永:最近のメディアや広告業界を幕末に例えて語ることをよく見かけるんですけど、不満として、「なぜみんな龍馬になりたがるのか」ということがあります。子供の頃のレンジャーごっこでみんなレッドみたいな。フリーで活躍しながら若くして亡くなった龍馬を、いい年してフリーでもないあなたが何をとか…いやこれは失言ですね(笑)。

どちらかといえば、勝海舟とか山岡鉄舟とか、幕府の中にいて江戸城を開城した側が私のポジションじゃないかと捉えています。

倒幕側というか、業界やコミュニケーションのあり方を変えようという私の仲間は既に外側にはいっぱいいます。既に龍馬だらけですよ(笑)。

そういう同世代の龍馬的な人たちが世の中を変える行動を起こす流れの中で、内側から扉を開いてつなげる役割の人が必要になるはずなんですよ。それができるようになるためにも私はこのまま広告業界の総合広告会社の中ですべきことを積み上げるべきだと思っています。

廣田:つなぐという意味では、人間が共感できるのはプラスマイナス15歳まで、みたいな話があって、僕は今33歳で、プラス15歳は48歳で会社でもけっこう偉い人まで、下は大学生くらいまでは気持ちが分かるということになります。

僕は小学生のときにファミコン、中学生でスーパーファミコンに触れて、勉強ではぎりぎり詰め込みの時代も経験していて、デジタル文化が分からない世代と、デジタルにどっぷりの世代のちょうど、ど真ん中の世代でもあるので、その辺りのカルチャーや知識を世代を超えて、つなぐような仕事が多いのかなとは思います。

森永:よく、テレビがダメになったとか言われることがありますけど、テレビビジネスのことなのか、テレビコンテンツのことなのかは全然違います。

同じように、ネットの○○サービスが面白い、○○サービスがキている、ていうのも微妙に話が混ざっていて、ビジネス目線なのか、ユーザー目線なのか、あるいはビジネス目線の中でも広告なのかコンテンツなのかサービスなのかを分けて語らずに話が混乱していることがすごく多いなぁと。

そしてその混乱を、本質を見ずに時代や世代の違いとしてくくろうとする論調が時々あって、ますます混乱するという…。インターネット関連で起こりがちな話ですけど、気をつけたいですね。

廣田:確かにそうです。ビジネスの話と、ユーザーとして楽しい話とは違います。そういう意味では、ユーザーがこれくらいエモーショナルに楽しんでいるよ、というようなところがもうちょっとビジネス指標に翻訳されたら、より面白くなると思います。

次ページ 「楽しい仕事が「ある」のではなく「作る」のが広告の仕事」

Follow Us