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コラム

デザイン思考の事業創造 〜関係性をデザインする、これからのブランド戦略〜

事業構造はカタチを変える-① トヨタが示した新ビジョン、モノづくりからサービスブランドへ

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「私はトヨタを、クルマ会社を超え、人々の様々な移動を助ける会社、モビリティ・カンパニーへと変革することを決意しました。私たちができること、その可能性は無限だと考えています」。

2018年1月、米国のネバダ州ラスベガスで毎年開催されるCES(Consumer Electronics Show)において、トヨタ自動車の豊田章男社長が同社の新しいビジョンを発表しました。それは、トヨタ自動車は、自動車メーカーから、モビリティ・サービスを提供していく会社へ変わっていくというものです。

この発表内容は、自動車業界だけではなく、幅広くエレクトロニクスメーカーに対しても驚きを与えました。なぜなら、「モノを作って売る」という製造業から、「サービスを利用してもらう」というサービス業へのシフト・または拡張を意味しているからです。

多くの自動車メーカーは、将来的に自動化される可能性のあるモビリティ・サービスにおいて、自社の高度な自動運転車両を提供するために、自動運転技術の確立を目指している最中です。もちろん今のトヨタ自動車にとっても自動運転技術を磨くことは重要な課題ですが、今回の発表は、自動運転車両を造ることの先にある自動車会社の形態がどうなっているか、という理想と、その中でトヨタ自動車が果たす役割が描かれています。

CES2018では多くの競合自動車メーカーが、自動運転車両のプロトタイプを発表したのに対してトヨタ自動車は事業ビジョンと未来のサービス像を発表しました。これは、競合他社からすると出し抜かれた印象となったことでしょう。なぜならトヨタ自動車はここまで、自動運転技術に積極的に取り組むというより、「FUN TO DRIVE」、つまりドライバーが自ら運転する喜びを作り続ける自動車メーカーでありたいと言い続けてきたからです。

モビリティ・サービスの概念は、MaaS(Mobility-as-a-Service)と呼ばれ、「移動のサービス化」を意味し、決して新しい概念ではありません。移動のサービス化に対する実験的な取り組みは世界中で行われており、特にヘルシンキではいち早くMaaSが実装されています。2016年からヘルシンキの市民は、民間の交通手段(鉄道、バス、タクシー、ライドシェア、レンタル自転車など)を使ったシームレスな移動の、提案を受けることから料金の決済まで可能な「Whim」というアプリを利用し、手軽で便利な移動サービスを享受しています。

このサービスで重要なことは、全てがスマートフォン上で完結することです。あらゆる交通手段はアプリが提供するサービスプラットフォームと繋がり、利用者はアプリを通じてとても簡単に全ての交通手段をシームレスに繋がった移動サービスとして購入することができます。

例えば利用者が今いる場所から空港まで移動したいと思った時に、複数の移動手段をつなぎ合わせた最適なプランがアプリ上で提案されます。そのプランを購入すると、スマートフォン上でルートマップが起動し、今いる場所から利用する鉄道の駅やタクシーの乗車場所までナビゲーションをしてくれ、スマートフォン上に表示されたQRコードをチケットとしてサービスを利用することができます。

日本でも移動手段毎に決済機能を含めたアプリはありますし、複数の移動手段を統合した最適な移動プランを提案してくれるアプリもあります。しかし、公共交通機関だけではなくライドシェアやレンタル自転車も含めた様々な移動手段をプラットフォームで繋ぎ、シームレスな移動サービスとして提案、ナビゲーション、決済まで一括してスマートフォンアプリ上で提供していることがヘルシンキで行われているサービスの特徴といえます。

トヨタ自動車が見据えるモビリティ・サービスは、現在ヘルシンキで展開されているサービスを一般顧客の利用だけではなく、様々な法人による事業利用まで対象を広げています。また、移動する手段(車、バス、電車)を独自のモビリティ端末に統一し、自動車メーカーが見据えるMaaSの未来像として提示しています。

ここからは、トヨタ自動車が発表したモビリティ・サービスの内容を少し細かく見ていきたいと思います。この発表内容を分析することで、メーカーからサービス業へと変わるとはどういうことを指すのか、その全体像を把握し、自動車業界だけではない、今訪れている時代の変化を考える足がかりにしていきたいと思います。まずは、実際に公開された映像をご覧ください。

全体概念

 

個別機能

 

トヨタ自動車が考えるモビリティ・サービスにおいて、サービスの利用者が移動するために利用する移動端末(自動車)は、「e-Palette」と呼ばれる、長方形の箱型の電気自動車であり自動運転車です。

「e-Palette」は、モビリティ・サービス・プラットフォームに繋がるIoT端末であり、個人が所有するモノではなく、不特定多数の人が利用します。利用者が「一人」で利用する時、「e-Palette」は無人のタクシーとして機能します。「不特定多数」の人が利用し、互いに行きたい場所が異なる場合はライドシェアサービスとして機能します。

同様に「不特定多数」の人が利用し、「e-Palette」は決められた順路を巡り、決められた場所で利用者の乗り降りが行われる場合、その機能はバスと言えるかもしれません。また、「不特定多数」の人が利用する「e-Palette」が複数台連なり、決まったコースを動き、決まった場所で利用者の乗り降りをする場合は、電車に近い機能と言えます。

「e-Palette」には、人やものを効率的に運搬するために、それぞれに適した3サイズが想定されており、全ての車体は基本的には同じデザインで計画されています。トヨタ自動車が発表した「e-Palette」の具体的な特徴は以下になります。

低床・箱型デザインによる広大な室内空間

荷室ユニット数に応じて全長が異なる計3サイズの車両を用意、低床・箱型のバリアフリーデザインによるフラットかつ広大な空間に、ライドシェアリング仕様、ホテル仕様、リテールショップ仕様といったサービスパートナーの用途に応じた設備を搭載することができます。

この「e-Palette」は、人を運ぶ以外にも様々な機能として使うことができます。ここで、発表内容に含まれていた様々な利用用途を以下3つに分類しました。

1つめは、移動を多様化すること。

2つめは、店舗と物流を融合すること。

3つめは、街や都市の定義を拡張すること。

まず1つ目、移動の多様化について考えていきたいと思います。様々な単位で人を運ぶ自動運転車は、未来の社会や都市のモデルケースを考える上で、基盤と言えるインフラです。先にも触れた通り、スマートフォン上のアプリからサービスにアクセスし、自分の行きたい場所を入力すれば、「e-Palette」が迎えに来てくれ、目的地まで送ってくれます。

「e-Palette」はマルチファンクショナリティという機能を備え、24時間オンデマンドでその機能を切り替えるとしています。例えば、午前はカーシェアリングサービスで一般ユーザーが利用した後、午後は病院への連絡バスとして機能したり、配送トラックとして機能したりします。

「e-Palette」は、移動サービスを提供する車両としての機能に加え、車両室内空間を活かしたサービスにも触れています。例えば車両室内空間がオフィスになったり、パーソナルラウンジになったり、個室ホテルになったりと、様々な利用形態のイメージをあげています。

こういった車両の利用方法自体は、過去にも様々な自動車メーカーがコンセプトカーとして発表しており、決して目新しいものではありません。しかし「e-Palette」がそれらと異なるのは、あくまでもサービスプラットフォームを利用して提供されているオンデマンドサービスであり、ラウンジタイプの車両を作って販売することが目的ではないということです。

「e-Palette」を通じてトヨタ自動車が訴えたいビジョンは、様々な使い勝手ができるコンセプトカーの提示ではなく、様々なサービスをリアルタイム、オンデマンドで提供するプラットフォームであり、そのプラットフォームにどういったサービスが接続されているのかという視点にあります。

残り2つの視点「店舗と物流を融合する」、「街や都市の定義を拡張する」は、次回コラム(6月26日予定)で触れていきたいと思います。

室井淳司
Archicept city 代表/クリエイティブ・ディレクター/一級建築士

新規事業・サービス開発、ブランド戦略、空間開発などにおいて、企業のトップや事業責任者とクリエイティブ・ディレクターとして並走する。表参道布団店共同創業経営者。広告・マーケティング界に「体験デザイン」を提唱。著書『体験デザインブランディング〜コトの時代の、モノの価値の作り方〜』を宣伝会議より上梓。2013年Archicept city設立。博報堂史上初めて広告制作職域外からクリエイティブ・ディレクターに当時現職最年少で就任。東京理科大学建築学科卒。これまでの主なクライアントは、トヨタ自動車、アウディ、日産自動車、キリンビール、トリドール、ソニーなど。主な受賞はレッドドット・デザイン賞ベスト・オブ・ザ・ベスト、アドフェストグランプリ、グッドデザイン賞、カンヌライオンズ他国内外多数。


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