「大家さんと僕」は表紙で揉めた!? 編集者も腰を抜かした、カラテカ矢部の才能とほっこり裏話

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愛情のこもった 作品づくり

—『大家さんと僕』は、2016年4月号 から『小説新潮』で連載、その後2017年10月に書籍化されました。絵コンテ の段階から「作品」に仕上げるまでの 編集作業で、どのようなやりとりがあったのでしょうか。

武政:まずは『小説新潮』の担当者と一緒にネタ出しをするところから始めました。矢部さんには、とりあえず思いつくエピソードを全部書き出していただいたんですが、どれも抜群に面白かったんです。飾り気がなくて謙虚な矢部さんのお人柄と、ユーモアたっぷりなエピソードが絶妙にマッチしていたんですね。私はこの段階で「これは売れる」と思いました。

矢部:そうですね。僕がばーっと書き出した中から、特に面白いエピソードを拾い上げていただく感じで。

武政:落としたネタもありましたね。 特に戦争の話。とってもいい話だったんですが、すべて入れるとそれだけで1冊になってしまうのと(笑)、重みがありすぎる内容だったため、バランスを考えていくつか削っていただきました。

矢部:大家さんとは、何の話をしても 最終的には戦争の話になるんですよ。 なので、何話も繰り返して「また戦争 の話かい!」という風な面白さになっ たらいいなと思っていました。その面白さの中に “哀しさ” もにじみ出るといいなと思っていたのですが……。

武政:反対に、矢部さんが譲らない部分もたくさんありました。矢部さんは遠慮がちな性格で、意見を言う時もどこか申し訳なさそうで。そんな矢部さんが何かをおっしゃるときには、どんなに小さな声だったとしても固い意志 が宿っていると感じていたので、そのようなときはできる限り活かす形で編集させていただいたつもりです。

矢部:分かっていただいてたんですね。 ありがとうございます。相方の入江(慎也)くんにも言われるんですが、こう見えて頑固なところがあるみたいで……。ただ、武政さんにいただいた意見は基本的に素直に受け入れています。やっぱり自分を評価するのは他人じゃ ないですか。「これだけ真摯に作品と向き合っている武政さんが言うんだったら、それが正解だろうな」という思いは常にありました。

新潮社出版企画部 企画編集部の武政桃永さん

—編集作業はどのように進めていったのでしょうか。

武政:絵については連載開始前にウェブ漫画サイト「くらげバンチ」の編集長にアドバイスをもらって、矢部さんに修正を加えていただきましたが、あまり大きな修正はなく、「主人公の目は大きく」「線はまっすぐ引く」とか、基本的な話だけでした。

矢部:結局、目はそのままの大きさにしちゃいましたけど。やっぱり小さい方がリアルだなと……(笑)。

武政:「8コマ目にはオチをつくりましょう」という話もしましたよね。

矢部:そうですね。4コマで落としたりもしていたのですが、それだとちょっと息苦しいというご指摘もあったりして。『大家さんと僕』を描くときは、ひとつのストーリーをまず4分割にして考えて、その後もっと細かく割って 32分割にして、それぞれのコマにシーンを当てはめる形でつくっていったのですが、8コマ目で必ずオチがくるようにと意識しました。

武政:矢部さんはカラテカのネタも考えていらっしゃるんですよね。漫画の構成を考える作業と似ている部分ってありますか。

矢部:うーん、似ている、とは言えないですかね……。やっぱりお笑いはお笑いです。

「初めてのケンカ」のエピソードには、特に思い入れがあるという矢部さん。

—とても息の合ったお2人だなと思うのですが、意見が割れたことはありましたか?

武政:矢部さんにはいろいろと提案させていただきましたが、揉めたことはおそらく一度もないと思います。

矢部:そうですね……。武政さんに 「こうしたら?」と言われると、素直に「そうします!」って思っちゃうんですよね(笑)。修正がある時も、「この文章はもっとこういう風にした方がいいんじゃないか」などと、細かい部分のすり合わせまで丁寧にしてくださって感謝しています。

武政:いえいえ、矢部さんが優秀でい らっしゃるから、大きな修正がなかったんですよ~。そういえば、唯一揉め た(?)のは、表紙ですね。矢部さんが いきなり「表紙は僕が描かない方がいいんじゃないか」とおっしゃるので腰を抜かしました。たしか、けっこう重厚感のある油絵風のものがいいんじゃないか、って提案されたんですよね。「いやいや何言っているんですか」って すぐに突っぱねましたが(笑)。

矢部:僕はあれ、よかったと思うんですけどね ! 僕の絵が表紙を飾るのってどうなの? 売れるのかな?って思ってしまって。

武政:……。

矢部:でもやっぱり表紙を描くのは苦労しました。武政さんに「朝・昼・晩 と時間を変えて何日か描いてみてくだ さい」と言われて、死ぬほど描きました……。ほんとにもう、いつ描いたやつが採用されたのかは自分でも分かりません(笑)。

武政:構図は決まっていたんですが、ちょっとした線の違いで2人の空気感も全然違うものになるので、とにかくたくさん描いていただきました。

次ページ 「「カラテカ」の名前を 押さなくても売れる本に」へ続く

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