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「大家さんと僕」は表紙で揉めた!? 編集者も腰を抜かした、カラテカ矢部の才能とほっこり裏話

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「カラテカ」の名前を 押さなくても売れる本に

—発売前、どのようなプロモーション戦略を立てていましたか。

武政:売れる自信はありました。私も一読者として大好きでしたし、『小説 新潮』での連載を読んだ社員から「おもしろい !」「いつ書籍化するの?」と 期待の声が多く上がっていました。「これで売れなかったら、私には編集者としての才能がないんだと思います……」と同僚に話していたくらいです。 それだけ思い入れがあり、絶対に売りたい作品だったからこそ、売るための施策もたくさん考えました。矢部さんは有名な方なので……、

矢部:有名じゃないです……!!

武政:とにかく世間的には有名な方なので(笑)、それを前面に出すか出さないかという問題がまずありました。近年はお笑い芸人の方が書籍を出すケースが増えているので、様々な前例を参考に矢部さんの作品はどのようにプロモーションしていくのが最適なのかと社内で検討していきました。

結果的に、矢部さんのネームバリューに頼るのではなく、「コンテンツの魅力」だけで十 分に読者を引き付けることができるという方針になり、カバーにもあえて「カラテカ」というコンビ名は入れませ んでした。矢部さんの顔写真を帯や販促物に使うこともしなかったんです。

矢部:僕自身が出ちゃうと逆効果かもしれないですし(笑)。

武政:そこは一応否定します(笑)。それに、「読まれれば売れる」という確信があったので、発売前の注文段階で 元々連載として公開していた約70ペ ージ分を集めて試し読み冊子(プルーフ) をつくり、書店員や関係者に配りました。裏表紙には注文書をつけたものです。矢部さんにも30部くらいお渡ししました。

矢部:ちょうど天野会(キャイ~ンの天野ひろゆきさんが主催する集まり) があったので、そこに持っていったら、「ほんとに出すのか !」と皆さん感動してくれて。天野さんには、注文書があるんで「俺に注文しろってことかよ!」 と突っ込まれましたが……(笑)。あと、平愛梨ちゃんがすごく気に入ってくれて嬉しかったです。

プルーフの最後に武政さんが手書きでコメントを書いてくれたんですが、それを読んだ愛 梨ちゃんも「私も応援したいです!」 と言ってくれて。帯にコメントを書い ていただくことができました。

書店員などに配布したプルーフ

—作品の一部を無料で公開する試みもしていましたね。

武政:書籍には描き下ろしを約50ページ分描いていただいたんですが、発売前に新潮社のウェブサイトや『月刊 コミック@バンチ』の漫画アプリで無料公開しました。くらげバンチの編集長が「漫画もアプリで読む時代だから、アプリで無料公開してもいいんじゃない」とアドバイスしてくれたこともあって、チャレンジしたんです。蓋を開けてみたら、やはりアプリ内での反響 は大きかったです。

ほかには、SNSで拡散するための宣伝動画もつくりました。矢部さんは Twitterアカウントを持っていらっし ゃるので、そこで宣伝もできるなと思って。そしたら矢部さんが動画専用にアニメを描いてくださったんです。あれはたしか矢部さんが提案してくださったんでしたよね?

矢部:そうでしたね。その時期にたまたま、僕が使っているデジタル漫画制作ソフトに動画をつくる機能がアップデートされて、使ってみたいなと思っていたんですよ(笑)。それで、20秒くらいですがアニメーションをつくりました。新潮社さんの方でほかの素材も組み合わせて約1分の動画にしていただきました。

2017年10月に発売となった漫画『大家さんと僕』

—発売日から売切れも続出したとか。

武政:そうなんです。発売日からあちこちの書店で本が売り切れたと聞いてびっくりしました。

矢部: 発売直後に書店に行くと、7冊しかない僕の本を1冊ずつ横に並べて 7面展開している書店があって感動しました。実はそのとき、舞台の仕事で 全国を回っていたんですが、武政さんから各地の劇場の近くの書店リストが送られてきて……。「書店回りをして、色紙を渡してきてください」と言われたんですね。それで実際に書店に足を運んでみると、ものすごくびっくりされました。

武政:お願いしておいてナンですが、矢部さんは小さな書店さんにも律儀に足を運んでくださって……。やっぱり 著者さんが顔を出すと、書店さんに応援していただける可能性がより高まるので、とてもありがたかったです。

特に矢部さんは、手塚治虫文化賞の贈呈式のスピーチも話題になりましたけど、みんなが応援したくなるような素敵なキャラクターを持っていらっしゃるので、それが本書の人気にもつながっていると思います。

—お互いに今だから言えること、言いたいことってありますか?

武政:矢部さんはすごい人見知りで、最初は全然目を合わせてもらえず悲しかったです。雑誌の連載の時は結局一度も……。単行本化の打ち合わせをするようになって、ようやく目を見てもらえるようになりました(笑)。

矢部:すみません……(笑)。
目を見て言うのは恥ずかしいのですが、武政さんには本当に感謝しています。元々、 2017年5月に雑誌の連載が終わった後、すぐ単行本化する予定だったんですが、前年の11月に武政さんが産休に入ることになったんですよね。あの時武政さんが「絶対に戻ってくるので、 待っていてください。私が責任を持って担当させていただきますから」というようなことを言ってくださって、すごくうれしかったのを覚えています。

武政:こちらこそ、待っていただいて ありがとうございました。ただ、「少し時間が空く分、単行本のために描き 下ろしを描きためておいてください」 とお願いしていたのですが、復帰した後聞いてみたらひとつもできてなくっ て……(笑)。

矢部:いやいや、頭の中で企画はいっぱい考えてたんですよ!

武政:そういうことにしておきましょう!(笑)。

—最後に、今の世の中でヒット本を出すために求められる「編集力」とは どのようなものでしょうか。

武政:どんどん新しい作家さんが現れる一方で、出版業界は斜陽と言われて久しいです。「本が売れないこと」を私も現場で痛感しています。だから、これからは本をつくった後の売り方がより大事になると思います。つまり、その本をどうやって知ってもらい、どうやって読者のもとに届けるか、ということです。  

営業や宣伝担当任せではなく、編集者自身も一層知恵を絞らなければならないと思います。業界全体が落ち込むと、新しい才能も来なくなってしまいますから……。作家さんと一緒に、常に本の売り方まで考えられる編集者でありたいですね。

矢部:そんな武政さんとは、これからも一緒に新しい本をつくっていきたいなと思います。

武政:ありがとうございます ! 末永くよろしくお願いいたします。


『編集会議』2018年夏号では、「大家さんと僕」をはじめとする2018年上半期のヒット書籍の裏側を多数取材。巻頭特集では「“書いて、書いて、書いて、生きていく”という決断」と題し、塩田武士さん、上阪徹さん、藤田祥平さん、燃え殻さん、夏生さえりさん、高氏貴博さんの人生に迫っています。
 

 

『編集会議』2018年夏号もくじ