とあるデジタルマーケターの懺悔、ネット登場後に犯した判断ミスとは?

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大量販売や購入者数の拡大を目指すより、一人ひとりの顧客に深く長く寄り添い、デジタルで自動化できることは任せ、利益を伸ばしていくには? 本間充氏の初の単著『シングル&シンプル マーケティング』(宣伝会議 刊)では、生活環境にデジタルが浸透した時代の、マーケティングの基本戦略を解説しています。ここでは発刊を記念したコラムをお届けします。

平成も最後の夏が終わろうとしています。この平成に、私たちはインターネットを知り、デジタル・マーケティングという言葉を知りました。インターネット登場という大きな変化に対し、マーケターはどう挑んできたのか、少し振り返ってみたいと思います。

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私が最初にインターネットの民間・企業利用を知ったのは、花王の研究員時代。当時はUNIXというOSのコンピューターで、数値計算や数値シミュレーションのプログラムを書き、製品開発の研究を行っていました。

「インターネット」という言葉が、まずはコンピューターの知識がある人たちの間で広がり始め、私も企業のWebサーバーを作り、HTMLを書いて、Webページを立ち上げ、満足感を味わっていたことを覚えています。

このころ、さまざまな会話が、マーケターの中でなされていました。

「テレビや、ラジオはインターネットに変わるのか?」
「企業が、Webを使って、直接コミュニケーション可能になれば、広告は不要になるのか?」
などなどです。

もちろん、これらの会話は、「インターネット」や「デジタル」というものが私たちにとってどのような存在かを理解するために、必要な想像や議論でした。この議論により、マーケティングの中で「インターネット」や「デジタル」の言葉の定義ができていったと思います。

この「インターネット」や「デジタル」についての議論で、論点漏れがあったのではと、最近思うようになり、私は深く反省しています。その論点漏れはいくつかありますが、大きなものに、Web以外のメディアが「デジタル」の技術を取り込んだ姿を想定していなかった、ということがあります。

アナログ・メディアもデジタルの技術を取り込んでいった

インターネットの登場は、確かにWebというメディア空間を作り、企業のサイトやSNSなどを生みました。このメディアの発展、成長に目を奪われている間に、他のメディアもインターネットやデジタルの技術を取り込み始めたのです。

例えば、「映画」です。今や、皆さんご存知のように映画館では、フィルムを使った上映はほとんど行われていません。デジタル・データになった映像を、高精細なプロジェクターで投影しています。シネマコンプレックスで行われている「ライブ・ビューイング」は、映画館の新しい使い方です。実際には、別の会場で行われているコンサートなどを、カメラで撮影し、高速な回線を使って、離れた映画館で、そのコンサートを体験できるのです。このように、「映画」が「インターネット」や「デジタル」と出会うことで、新しい価値を生んでいるのです。

このようなことは、すべてのメディアで起きているのですが、初期の「インターネット」や「デジタル」の登場時期には、「Web」や「デジタル・メディア」が、「映画」を飲み込むのではとだけ、考えていました。確かに、YouTubeや、Hulu、Netflixは「映画」や「テレビ」のコンテンツを、Web化したものとして、登場しています。しかし、それだけではなく、映画のフィルムや映画館がデジタル化していったように、「アナログ・メディア」と呼ばれていたものが「デジタル化」しているのです。

つまり「インターネット」や「デジタル」の登場は、すべてのメディアに変化を与えるのであり、すべてのメディアが、「インターネット空間上のメディアになる」ことではなかったのです。この論点漏れは、その後の大きな判断のミスを呼び込んだのかもしれません。

多くのマーケティング会社の、広告や宣伝の部署には、デジタル担当の組織があります。この背景には「インターネット」や「デジタル」は、狭義の「デジタル・メディア」だけで使われるからとの理解があったからでしょう。しかし、すべてのメディアが、「インターネット」や「デジタル」の技術を取り込んでいる今は、デジタルの専門組織だけでなく、広告や宣伝のメンバー全員が、この変化を理解しないといけないのでしょう。

次ページ 「デジタル時代に、生産の仕組みも変わった」へ続く

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