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嶋浩一郎×三浦崇宏 「バズるPRは死んだ マーケティングPRは本質化へ向かう」

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「戦略PR」の提唱から約10年。未来のマーケティングPRはどこへ向かうのか。「ブームをつくる」「時代に名前をつける」というPRの役割の変化について、最前線を見てきた嶋浩一郎氏、新世代を牽引する三浦崇宏氏が語り尽くす。

※本対談は2019年11月号『広報会議』の特集「効くプロダクトPR」内に掲載されたものです。役職は取材当時(2019年9月)

(左)博報堂ケトル 代表取締役社長 嶋 浩一郎氏
(右)GO 代表取締役 PR/Creative Director 三浦崇宏氏

Yahoo! の配信媒体見直しが転機

─昨今のマーケティングPRの潮流についてどう見ていますか。

嶋:海外の広告賞で、PRの分野でも社会課題を解決する仕事が大きく評価されるようになってきたと感じます。2019年のカンヌライオンズPR部門グランプリ「THE TAMPON BOOK」(ドイツ)は19%の消費税が課される生理用品を消費税7%の本の付録として添付し、「生理用品が高額で困っている」という女性たちの悩みを解決した点が評価されました。


三浦:ここ数年で「戦略PR」を拡大解釈したような、安っぽい「バズる」PRは完全に死にましたよね。それはPRにとって、とても良いことだったと思います。

嶋:そうだね。きちんとワークしない「戦略PR」は駆逐されたね。社会記号とセットにして商品を紹介するリリースを送って、それをごく一部のネットメディアが書いてYahoo! ニュースに転載されると、「ほら、皆が話題にしているでしょ。御社の商品は世の中の新しいトレンドとして認知されました」みたいな、いい加減な戦略PRはもうなくなったよね。

三浦:2016年にYahoo! ニュースが「Yahoo! JAPAN メディアステートメント」を定め、配信元のメディアを大幅に絞ったことが、偽の戦略PRが廃れる大きなきっかけになりましたね。

嶋:その当時ってリリースをもとに「◯◯男子」「若者の◯◯離れ」「◯◯現象に注目」みたいに、大して流行していないことを「現象」として名づけて、安易にネットニュースとして流す一次取材をしないウェブメディアが跋扈していた。でもそんなPRはとても表層的だった。

三浦:本来PRの仕事の役割って、社会が変化するタイミングで「時代に名前をつけること」なのに、ネット以外では話題にもなっていないニッチな現象に恣意的にネーミングを施していたんですよね。

嶋:戦略PRとは元々「世の中の新しい潮流を発見、言語化し、それを牽引する商品を代表選手として報道してもらう」手法です。その代表格であるキシリトールのキャンペーンは、影響力のある第三者としての歯科医の新しい取り組みを、「これからは虫歯予防の時代である」とメディアに認知させ、世の中のパーセプションチェンジ(認識転換)を成し遂げました。それこそが「戦略PR」の本質。PRの定義そのものが「世の中の既成概念を、新しい概念に塗り替えていくこと」へ変わってきていると感じます。

2016年の「PRアワード」でグランプリを獲得したコンカーの「領収書の電子化プロジェクト」のように、領収書の保管方法に疑問を抱かせ、メディアや政党、政府など第三者を巻き込んで規制緩和までこぎつけた例も、本質的な戦略PRのひとつ。社会課題を解決するブランドである点をPRすることが評価されるようになったのも、マーケティングPRの本質化のひとつの傾向です。

PRパーソンは経営者に追いつけ

三浦:嶋さんがおっしゃったように、PRの大事なポイントのひとつに「影響力のある」第三者をどう見つけてくるかということがあります。以前手がけた漫画『キングダム』をビジネス書として認知させようというキャンペーンはまさに、その具体例。

パーセプションチェンジのきっかけになる第三者として、ホリエモンさんやはあちゅうさん、箕輪厚介さんといった「人=著名なビジネスパーソン」をメディアとして捉え、彼らが自発的に情報発信してくれる構造をつくりました。あらゆるものがメディアになりうる可能性を持つのだと再定義する時期に来ていると思いますね。

嶋:今年のカンヌのセミナーで言われたのは「ミレニアル世代に愛されるブランド」とはソーシャルであり、ダイバーシティであり、もう一歩進んでインクルーシブ(包括的)であるということ。

分かりやすい例は今年のカンヌのヘルス&ウェルネス部門グランプリ、IKEAの「ThisAbles」。障害者も健常者も両用できるデザイン性の高い家具をつくれる3DCADデータを提供することで、「すべての人に使いやすい家具を提供したい」という明確な信念を表明しました。つまり、社会課題の啓蒙から進化して、ちゃんと解決に至っている例が評価されている。社会課題にどう取り組み、解決するかの姿勢が問われる時代に、パブリシティ偏重の日本のPR業界がどう変化していくのか、試されると思います。


三浦:クリエイティブにおいてもPRにおいても、啓発に留まっていたら機能しないと思います。今年のカンヌで日本勢が振るわなかったのって、啓発としては素晴らしい取り組みでも、解決になっていなかったからです。

嶋:なぜ日本のPRパーソンが社会課題解決に向き合えないかというと、やはりパブリシティ中心のルーティンの仕事に追われている側面があると思う。突然「ビジネス開発や課題解決をせよ」と言っても難しい。でも、この状況は変えていかなきゃいけないし、クライアント側も変わってほしいと思う。企業が社会課題にどう取り組んで解決していくのか、そういう視点を持つことがブランディングにつながる時代だし。PRパーソンはそういう経営的な視点を持って仕事をするようになってほしい。

三浦:経営者は得てしてPR視点を持っていますが、本来は僕たちPRパーソンが経営者に追いつかなければならないんですよね。

嶋:企業からも事業開発をしてほしい、社会課題を解決してほしいというニーズは増えています。グローバル企業からは特に。ダイバーシティ感覚を持った社外取締役を積極的に受け入れている企業や、海外の流通でビジネスをしていかなければならない企業は、SDGsにも対応する姿勢を求められていますから。

三浦:女性役員の人数やSDGsのゴールに向かう活動への取り組みが、取引をする際の重要なポイントになっています。海外の一部のテレビ局では、SDGsへの対応に積極的な企業の出稿料を下げるという取り組みを始めています。

嶋:こういう世界的な流れが、最終的には日本の企業も変えていくでしょうね。

三浦:「社外取締役になってほしい」というオファーも増えていますね。「自社の事業をどう社会と合意形成していけばいいか、PR視点で発信したい」と考える経営者が多いのだと思います。

トップの発言以外は信用しない

─記者会見も生中継され、一般の人々が目にするようになってきました。

嶋:トヨタ自動車のようなグローバル企業はもちろん、ZOZOの前澤友作前社長のように、経営者自身が社会における自社の価値やサービスの方向性を明確に発信する機会が増えていますね。

そもそもアメリカでは、記者会見とは経営者がプレゼンテーションする一大イベントです。社会の変化に対して何が課題で、それに対して自社がどう貢献するのかを経営トップが説明することに絶大な意味があるわけです。

三浦:もはやアップルの記者会見は、スーパーボウルのようなもの。世界が注目するコンテンツですもんね。経営者による記者会見が評価される背景にはいくつか要因があって、ひとつには、世の中の人々はプロダクトの細かい機能ではなく、これから起こる未来に興味があるということ。そのプロダクトや企業がどんな未来をつくり、何を考えているのかを知りたいと思っています。

2つ目として「トップの発言以外は信用しない」という流れ。いまやダイレクトに見聞きした情報以外は信用してもらえない。だからこそ、あらゆる記者会見のノーカット生中継を続けているメディアが支持されているわけです。その一方で、本来メディアの得意技だったはずの加工や編集、独自の視点への信頼性は限りなく落ちてしまいました。

嶋:PRを取り巻くあらゆることが本質化しているということだよね。

三浦:小細工が利かない時代になっていますね。マスとニッチという概念はなくなっていて、あるのはメガニッチ、グローバルニッチ、ローカルニッチぐらい。ニッチの集合体がマスになっている感覚です。Twitterで凄い勢いでバズった出来事だって、世の中の人は誰も知らないなんてことは、いくらでもありますから。

LINE NEWSの見出しを写経!?

─これからのPRパーソンに求められるスキルセットとは。

嶋:多様な企業のプロジェクトを通じて知見を増やし、一見関係ないこと同士を結びつけるスキルを身につけることですね。僕はそれを「あさって力(りょく)」と呼んでいて、一見無関係なもの同士を結びつける方が課題解決につながるんです。

三浦:クライアントはその事業・その業界に関して何十年にも及ぶ知見があるから、僕たちPRパーソンは普通に考えたらかなわない。ましてや経営者にその事業のことだけで向き合うのは難しい(笑)。だけど僕たちの強みは業界を横断してあらゆる分野を知っていること。その強みを活かして、経営者が抱える切迫感に答えられるだけの器量と技量を高めてほしいと思います。それはつまり社会全体に対する視座の高さとか、社会の空気を敏感に察知する身体感覚なんです。

例えばGOの場合、メルカリが「日本一のマーケティングプラットフォームへ」という事業戦略を掲げたとき、「地方の消費者を取り込むなら、新聞の折込チラシです」と提案したわけです。だけどテック企業であるメルカリの方々には「チラシ」という発想はない。これってある意味身体感覚で、世の中の流れや空気をつかんで、いかにタイミングを逃さないかが重要で。企業が見失いがちな新しい視点を持ち込むことが大切なんです。

嶋:「本当にそれでいいの?」という疑問というか、世の中に感じる”違和感”は新しい世の中の価値観の胎動ですから。日常の中に発露するそういう新しい価値観の萌芽を絶えず自分の中にためておく。「違和感の引き出し」をいっぱい持っておくといいと思います。

三浦:嶋さんはもう、勝手に世論をつくるという筋トレを日常的にしていますよね。「イタリア料理のカチョエペペを流行らせる」「絵本をつくる」とか(笑)。

嶋:発注先のない仕事って大事だよ。自分が気になることをやる(笑)。

三浦:PRパーソンは頼まれてブームをつくっているのでは遅くて、気が向いたらブームをつくるぐらいの覚悟と軽やかさ、相反する二つの心持ちで仕事をすべきだと思います。

一方で、PRパーソンとして当然のスキルを愚直に磨き続けることも重要で、何が正しいメディアなのかを見る選択眼を持ち、常に新しい打ち手を模索し続けること。どのような見出しをつけて、どのメディアのどの記者に・何時までに・どの手段でリリースを送るか─。そういう細かいことも含めた「職人技」を愚直に極めるべき。嶋さんなんて、未だにLINE NEWSの研究のために見出しの写経をしていますから(笑)。

嶋:媒体社の社史を熟読したりしてるしね。もうひとつ、次世代を担う皆さんに言いたいのは、三浦みたいに暑苦しくなった方がいいぞ、ということ(笑)。

三浦:僕はすぐ炎上しますけど(笑)。

嶋:でもいいんですよ、その熱さが。もうPRパーソンが黒子である時代は終わると思う。三浦みたいなヤツがどんどん出てきて、自分の仕事を言語化して、PRの方向性を指し示してほしい。自らの技術や戦略をどんどん共有して、社会や企業の課題解決のために良い方向性をつくっていってほしいと思います。

博報堂ケトル
代表取締役社長
嶋 浩一郎(しま・こういちろう)

1993年博報堂入社。2001年朝日新聞社出向。2002~2004年『広告』編集長。2004年「本屋大賞」創設に参画。2006年博報堂ケトル設立、代表取締役社長に。統合マーケティング、コンテンツ制作に取り組む。本屋B&Bを内沼晋太郎と開業。2011、2013、2015年カンヌでPR部門の審査員。最近の仕事に、トヨタクラウン、集英社文庫、ZOZO。

 

GO
代表取締役
三浦崇宏(みうら・たかひろ)

The Breakthrough Company GO 代表取締役。博報堂を経て2017年に独立。PRアワードグランプリ、グッドデザイン賞、カンヌライオンズなど受賞。NTTドコモやLINEの新規事業などをプロデュース。ペイミーやスマートドライブといったスタートアップをサポート。最近の仕事に、GO×ラクスル「はじめてのTVCMプラン」、三陽商会「STORY & THE STUDY」のブランディング&プロデュースなど。

 

広報会議2019年11月号

特集:「効く」プロダクトPR

●「次世代型マーケティングPR」の考え方

・新日本プロレスリング
 代表取締役社長兼CEO H.G.メイ

 新日本プロレスのV字回復を支えた
 SNS戦略と企業ブランディング
 

・嶋浩一郎×三浦崇宏
 「バズる」PRは死んだ
 マーケティングPRは“本質化”へ
 

● CASE STUDY

・REPORT
 ワークマン「過酷ファッションショー」
 インフルエンサーの力で
 「#ワークマン女子」大流行
 

・明治「明治ほほえみ らくらくミルク」
 「赤ちゃんのための防災」を啓発
 液体ミルク解禁で備蓄率向上へ
 

・コンプ「COMP」
 日本の食事の新ソリューションに
 「完全栄養食」市場のパイオニア
 

・TOPICS
 『日経MJ』編集長が明かす
 「ヒット番付」が選出されるまで
 

・味の素グループ「うま味プロジェクト」
 味の素がフェイクニュース対策で
 世界規模の啓発プロジェクトを始動
 

・シャボン玉石けん「香害」キャンペーン
 学校や職場で訴えにくい「香害」を
 当たり前に言える環境をつくる
 

・COLUMN
 老舗企業の3代目社長を
 “つっぱり棒博士”としてPR
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