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コラム

まちの「よくわからない」コピーライター

よくわからないまま『よくわからない店』をひらく。

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わたしは今、コピーライターとして仕事をしながら『よくわからない店』という名前のお店を地元の小平市でやっています。どうしてそんなよくわからない事態になったのか。今回はそのあたりのことを書いてみようと思います。

正直なところ2018年に独立してからは信じられないほど順調でした。事業規模もあっというまに拡大し、乗りに乗っていたと思います。そんなときにタイミングよくやってきてくれたのが新型コロナウイルスです。「ひゃくいちさんならビクともしないでしょ」などと周りからは言ってもらえたりもしたのですが、まあ、じつはほんともう、多大なる影響をおもいっきり拝受させていただきました。

プロジェクトが次々と消えていくなかで「もういいや」と思いつめてしまうことも。ただ、荒波にあらがって泳ごうとせず、流されるままぷかぷかと浮かんでいたのが功を奏したのでしょうか。いつしか「むしろあのままうまく行っていたら完全に調子に乗って人として終わっていたかもな」と思いかえし、これまでの自分を見つめなおす機会として前向きにとらえられるようになりました。

そんなときに突破口となったのが「このままじゃダメだ。でも、どうすればいいのかよくわからない」と考えこむ日々を送るなかでも声をかけてきてくれたお客さんたちの存在です。そこにはとある共通点があることに気づきました。わたしのこれまでのコピーライターとしての「仕事」だけではなく、プライベートで実験的に並行してやってきた「よくわからない作品」までを見てくれていた人たちが多かったのです。

「作品」といってもここで文字にするのは憚れるようなものばかりなのですが「じつは以前にあの『◯◯◯◯(作品名)』を見たときからいつかご一緒したいと思っていたんです」などと、大変なご時世にも関わらずプロジェクトのご相談をなぜか届けてくれたのでした。

つまり、先行きが見えないよくわからない日々から自分を救ってくれたのは、まさによくわからないものたちだったわけです。そのときに「ああ、べつによくわからないままでいいのかもな」と不意に気づかされました。コピーライターの仕事はどちらかといえば「正解」を見つけるものなので、よくわからない時代にも「答え」をついつい探してしまいがちなのですが。わかりやすくなろうとする世の中で「よくわからないもの」をもっと大切にしていこうと思うようになりました。

じゃあ、どうすれば「よくわからないもの」と腰をすえて向きあっていけるのだろうか。そう試行錯誤するうちに浮かんできたのが「まち」というキーワードです。これもまた新型コロナウイルスのおかげで気づかされた切り口といえるかもしれません。なかなか思うように移動できないなかで、せっかくなら家族と暮らす地元に根ざした働きかたをしたいと自然に考えるようになりました。

当初は自宅の作業場をやめて小平市にオフィスを構えようとしたのですが、ただ単に事務所をひらくのもなんだかおもしろくありません。「まち」と「オフィス」ではつながりかたに限界があるような気がしたからです。そこで「どうせならオフィスではなく『お店』にしてしまおう」と考えました。まちの人たちもお店ならふらっと入りやすいし、これまでつくってきたようなよくわからない作品なんかも実際に販売できるし、なんならそこで店主として座りながらコピーライターの仕事なんかもやっていたら余計によくわからなくていいかもしれない。

こうして『よくわからない店』が小平駅前の小さくて平らな路地裏にオープンしたわけです。「2021年11月31日」という何曜日なのかもよくわからない日に。どうなるのかもよくわからないまま。

田辺ひゃくいち

ただの『一(ぼう)』代表。『よくわからない店』店主。コピーライター。コンセプター。慶應義塾大学環境情報学部卒業後、オトナの会社や中国法人の支社長など10年で10職以上を流転したのち、第52回宣伝会議賞グランプリを受賞。もうすこし生きてみることに。東京や大阪の制作会社を経て独立。現在はコンセプトづくりを中心に企業の『言葉顧問』なども務め、2021年には家族と暮らす東京・小平市に『よくわからない店』をオープンした。足立区生まれ足立区育ち。偽名。
Twitter:https://twitter.com/tanabe101