フジテレビ問題が示した、信頼こそがメディアの生命であるという事実

テレビカメラを拒んだ、テレビ局の会見

1月17日(金)の社長会見により、たった100分でフジテレビの評価は奈落の底に転がり落ちてしまいました。

元々は中居正広さんの問題でしたが、23日(木)に中居さんが芸能界引退を発表し、今や完全にフジテレビの問題に変わりました。こんなこと、誰が想像したでしょうか。

たった一度の会見が、ひとつのテレビ局の立場をこれほど変えてしまうなんて。しかも、社長自身による救いようのない失態によってでした。

いま思い返すと不思議な展開です。そもそもは中居正広氏が女性に被害をもたらし示談したとの報道が発端で、そこにフジテレビの幹部社員が関与したとの疑惑が生じていました。フジテレビは関与を否定したものの、大株主である米国のファンドが強い表現で事実の解明を求めました。

これに対し、フジテレビの港社長が会見を開いたわけですが、ごく普通に誠実な会見を行って、調査することを説明すればよかった。発表した調査の手法に問題があったことも間違いありませんが、それよりも会見の参加を記者会に限定し、テレビカメラを拒んだことが決定的な問題だと私は考えています。

この会見を、当日の夕方と夜に各局のニュース番組が報じる際、静止画に社長の発言をテキストで添えて伝えました。動画がないから当然です。しかも局によっては15分近く長々と時間を割いて。

テレビ画面にテレビ局の会見が15分間に渡って静止画で伝えられる異様さといったらありません。しかも各局のキャスターたちが怒っていることも伝わりました。「テレビ局の社長がテレビカメラを入れないとは何事か!」そう感じていたのではないでしょうか。当のフジテレビでさえ、会見直後の「イット!」で感情は抑えていましたが、怒りがにじみ出ていました。

テレビカメラが入っていれば…。22日に開催された、元フジテレビ専務である大多亮関西テレビ社長の会見を見て私は思いました。大多氏の会見は、もちろん港社長の会見から学んだこともあるでしょうけど、テレビカメラが入っていました。大多氏が誠実に語る様子が動画で各ニュース番組で放送され、これ自体は落ち着いた受け止められ方をしたようです。

港社長が大多氏と比べてとりわけ態度が悪かったとは思えません。「テレビ局の社長会見が静止画で報じられる」ことの何とも言えない不快さが問題だったのです。港社長も、その周辺の人びとも、「テレビカメラを入れないほうがいい、テレビカメラを入れると切り取ってYouTubeで貼り付けられ不本意な形で拡散される」そんな余計な気の回し方をしてしまったのでしょう。それがいかに逆に働くか、想像できなかったのでしょうね。そこが最大の、愚かな過ちでした。

本来広告主の事情で使うACジャパンのCMがメディアへの抗議に

この「フジテレビ問題」が前代未聞の展開になったのは、大手広告主が続々CMを差し替えたことです。「アドタイ」読者ならご存知の通り、ACジャパンのCMは、広告主に何らかの事情が生じて急きょCM出稿を控えるべき時の「窮余の一策」として用意されているものです。ACが流れると、「ははーん、あの会社の不祥事がニュースになってたから、差し替えたんだな」と推測できます。あくまで広告主の側に何か起こった時のものです。もちろん大災害が起きた時も使われましたが、イレギュラーな使われ方でした。

ところが今回のACの使われ方は、きわめて異例なものです。広告主ではなく、媒体側の不祥事に対して使われるなんて、想定外。そういう使い方もあるのかと感心してしまいました。

さらに驚きだったのは、どの広告主がAC差し替えをしたのかが公表されていることです。普通はACに差し替えても広告主も媒体社もそのことを公にはしないものです。ところが今回、港社長の会見後の土日に数社のCM差し替えが報じられ、日曜日の放送ではACが目立ってきました。それが週明けになると続々差し替えが伝えられ、水曜日には70社を超えたと、フジテレビ自身が発表していました。実際にフジテレビのCM枠はACだらけになりました。

こんなにモラルの低い媒体にCMを出すことはブランド毀損につながる、との判断でしょう。第三者委員会できちんと事実を解明しないとCM出稿はできない。そんな考えだと思いますが、もっと言うとこれは「怒り」によるものと推測しています。「テレビ局のくせにテレビカメラを入れないとは、フジテレビけしからん!」CM差し替えにはそんなメッセージがこもっているのだと、私は考えています。

つまりそれほど「社長会見の静止画報道」にはインパクトがあったのです。きわめて不愉快で限りなく無責任だと、広告主の人びとが感じたのではないでしょうか。

これは裏返すと、それくらいテレビというメディアには強い力があることを示しています。金曜日の会見を受けて土日に広告主が動いたのは、ニュースで静止画会見の異様さを見たからです。あっという間にACの原稿だらけになりました。テレビのリーチ力ってすごい!ここでそんな感心をしても仕方ないですが、それをあらためて思い知らされました。

落とし所が見えない「フジテレビ問題」に最悪のシナリオも?

さて今後はどうなるのでしょう。私が心配するのは、広告主のみなさんの振り上げた拳の下ろし方が見えないことです。当然、第三者委員会による徹底調査が必要ですが、それで何がわかるのかなと思います。「フジテレビでは女性アナウンサーを呼ぶタレント接待が蔓延していた!」とわかりやすい結果は出てこない気もしますが、もしそうなったら広告主は「よしわかった!」と今まで通りCMを出稿するのでしょうか。

私は、どんな調査結果が出てもうかつにCM出稿を再開すると、視聴者から「あんなことで納得するのか!」と今度は広告主に火の粉が降りかかるどころか炎上に発展しかねないと思うのです。

広告主の皆さんがどんな考えで差し替えを行ったのか、もしかして「この機にフジテレビから出稿を引き上げよう」とまで最初から考えていたなら別ですが、懲らしめのために差し替えたのならその引き際がわからなくはないでしょうか?

ズルズルAC原稿への差し替えを続けても費用は発生するわけですから、振り上げた拳を下ろせずにそのまま出稿を本格的にやめるかもしれません。

先のことはわかりませんが、本当にフジテレビは危機なのだと思います。多くの人が言いだしていますが、「日枝独裁」を終焉させ、経営陣一掃が必要かもしれません。独裁の問題は前々から業界の人なら知っていたことですから、ここで膿を出し切るべきでしょう。

WEBメディアはフジテレビを笑えるのか

最後に、この一件ではっきりわかったのは、メディアにとって広告は「生命」であったということです。どんなに強いメディアも、広告が断たれると生きていけない。すべて購読料でまかなえていれば別ですが、ほとんどのメディアは広告のおかげで生きているのです。

だから大事なのは、広告主を崇め奉ることでしょうか?それも営業面では重要ですが、それ以上に大切なのは「信頼」なのです。「フジテレビ問題」が証明したのは「信頼」こそが、メディアの生命だということでしょう。「テレビ局のテレビカメラ排除」は視聴者からの信頼をないがしろにする行為だったのです。だから広告主の信頼も一気に失ってフジテレビは明日が見えなくなりました。
そんなフジテレビの転落を、WEBメディアは毎日のように面白がって伝えています。しかも多くは他のメディアが伝えたことをそのまま記事にしたり、テレビで報じられたことをコタツ記事にしています。そこに広告がベタベタと本文が見えないほど貼り付けられている記事が多い。フジテレビの不祥事をエサに広告を表示して少しでも儲けようとしています。

そんなメディアは信頼されるでしょうか?今回、広告主がフジテレビのCM出稿を一斉に差し替えた。たった一週間で起こったことです。

広告をベタベタ貼り付けるWEBメディアは大丈夫ですか?ある日、広告主が「こんなメディア、ブラックリストに入れよう」とアドネットワークから外す判断をするかもしれない。他の広告主も続々続くかもしれない。フジテレビと同じように「生命」を失って狼狽するかもしれない。

フジテレビを笑っている場合でしょうか?信頼できるWEBメディアとは何か?フジテレビ問題の向こうにそんな新たな問題が潜んでいます。WEBメディアこそ、これから信頼が問われることでしょう。あなたのメディアは、大丈夫ですか?

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境 治(コピーライター/メディアコンサルタント)
境 治(コピーライター/メディアコンサルタント)

1962年福岡市生まれ。1987年東京大学卒業後、広告会社I&S(現I&SBBDO)に入社しコピーライターに。その後、フリーランスとして活動したあとロボット、ビデオプロモーションに勤務。2013年から再びフリーランスに。有料WEBマガジン「テレビとネットの横断業界誌 Media Border」を発刊し、テレビとネットの最新情報を配信している。著書『拡張するテレビ ― 広告と動画とコンテンツビジネスの未来―』 株式会社エム・データ顧問研究員。

境 治(コピーライター/メディアコンサルタント)

1962年福岡市生まれ。1987年東京大学卒業後、広告会社I&S(現I&SBBDO)に入社しコピーライターに。その後、フリーランスとして活動したあとロボット、ビデオプロモーションに勤務。2013年から再びフリーランスに。有料WEBマガジン「テレビとネットの横断業界誌 Media Border」を発刊し、テレビとネットの最新情報を配信している。著書『拡張するテレビ ― 広告と動画とコンテンツビジネスの未来―』 株式会社エム・データ顧問研究員。

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