近年、AIの登場により、広告コピーが新たな局面を迎えようとしています。広告会社では「コピーライター」という名刺を持つ人が減った、という声も聞きます。しかし、どんなに時代が変わろうと、コミュニケーションや表現の手法が変わろうと、広告コピーの基本は変わりません。だからこそ若い世代の皆さんに知っておいてほしいコピーがたくさんあります。
そこで本企画では、過去から現在にいたるまで、時代と共にあり、これからも「未来につないでいきたいコピー」について、制作者であるコピーライターの皆さんにお話を聞いていきます。
今回は、キユーピー、キヤノン、大塚製薬などの広告で知られる秋山晶さん(ライトパブリシティ)にインタビュー。第2回目は、「精神力だけでは、テープを切れない。」(大塚製薬)、「時代なんかパッと変わる。」(サントリー)、「speed!料理は高速へ」(キユーピー)などのコピーの制作について聞きました。インタビュアーを務めたのは、ライトパブリシティのコピーライター 山根哲也さんです。(第1回から続く)
広告は ”線が細い” ほうが伝わる
山根:次は、1983年の大塚製薬カロリーメイトの「精神力だけでは、テープを切れない。」です。
精神力だけでは、テープを切れない。
(大塚製薬/1983年)
秋山:1983年の新発売時の広告です。今は廃れてきましたが、かつてスポーツの世界には「根性論」というものがありました。でも、それはもうやめようよ、というメッセージです。ここでは精神力という言葉に言い換えています。
山根:確かにかつては部活中に水を飲まないとかありましたね。いまはもうそういうことは無くなってきていますが、当時はまだスポーツでは根性論や精神力が語られ、それが試される時代だったんですね。
大塚製薬はオリエンがいつも明快だったと聞いています。これは社長からですか?
秋山:そうですね。いつも社長がオリエンしてくださいました。そもそも、大塚製薬さんは社長の発想で商品をつくっていますから、オリエンもいつも明快でした。常に「なぜ、これが発売されたのか」「どうしてこれをつくったか」ということを示されていたので、そこに関係ないイメージが出てくることは全くありませんでした。
山根:オリエンが明快だと、コピーまではかなり短距離になるものですか?
秋山:極めて短距離ですね。オリエンが強いから、それ以上には書けないんですよ。それをいかに文章にするかという。
山根:それは翻訳に近い感じですか?
秋山:翻訳ではなくて「超訳」ですね。
山根:多くのコピーライターは、秋山さんがオリエンを受けて、それをストレートに書いているとはあまり想像できないかもしれません。
秋山:それは僕の言葉になっているからですね。どの広告も、内容はオリエン通りです。この頃、大塚製薬の製品自体がクリエイティブだったし、広告にも品位があった。だから、いい広告になったんじゃないでしょうか。
山根:当時の広告には「アクティブバランス栄養食」と書かれていますが、これは大塚製薬さんがつくられたコピーですか?
秋山:そうだと思います。
山根:これは、今も「バランス栄養食」として使われてますね。つまり、何十年も変わらない強いコンセプト、ということですね。
山根:次は、トロピカルサントリーの「夏はハタチで止まっている。」(1984年)。これは当時ではまだ珍しかった、ジンやウォッカを使ったトロピカルカクテルを売り出した際のキャッチコピーですね。
夏はハタチで止まっている。
TROPICAL
SUNTORY
(サントリー/1984年)
秋山:まず、この前年にウォッカのカクテルの広告で「トロピカルハイヌーン」(1981年)というコピーを書いています。このシリーズのお酒はロングカクテル(氷や炭酸が入っている、ゆっくりと時間をかけて飲むカクテル)。だから、昼間にゆっくり飲むのが一番美味しいんです。つまり、真昼のどんな天候の時に飲むのが一番適しているのかを考えて、それでコピーができました。
さらに、世の中はトロピカルブームとなり、ホテル業界では「トロピカルウェディング」などの言葉が出ていました。そして、「トロピカルハイヌーン」は、「トロピカルサントリー」に変わりました。そのトータルなキャッチコピーとして書いたのが、「夏はハタチで止まっている。」なんです。
多くのコピーライターはキャッチコピーをつくるときに、まずはコピーそのものを考えますよね。キャッチコピーを書くなら、キャッチコピーとして考える。でも、僕がコピーを書く時は、コラムのような、エッセイのような文章を最初に書くんです。だから、しばしばボディコピーのようなものが先にできちゃうんです。そういうのをたくさん書いたらブロック毎に削除していくわけです。そうすると、キャッチコピーが自然に出てくるんです。
キャッチコピーのつくり方には3つのケースがあって、ケース1は長い文章の中から自然にキャッチコピーが出てくるもの。ケース2は、ケース1で伝えようとしても伝わらなかったコピー。最後のケース3は、その文章の中から言葉や言い方を変えてつくるものですね。
このコピーは、超センチメンタルですよね。
山根:たしかに、そうですね。
秋山:「トロピカルサントリー」のターゲットは、20代から30代前半ぐらいの女性。原案はさらにセンチメンタルで、「夏は19で止まっている」でした。この言葉であれば、よりターゲットの女性たちに届くと思いました。電通のCDもサントリーも喜んでいたのですが、宣伝部長が役員に呼ばれて「酒は20歳を過ぎてからなんだから、19はないだろう」と言われたそうです(笑)。
山根:そうだったんですね。
秋山:いまだに「19」の方が広告として線が細い気がするんです。こういうコピーって、線が細い方が届くんです。薄化粧のほうが。
山根:僕がまだ新人だったとき、若気の至りで「秋山さんが書かれた中で好きなコピー、何ですか」と聞いて、そのときは商業的には「男は黙ってサッポロビール」、表現としては「夏はハタチで止まっている。」とおっしゃっていて、両方ともお酒だけど対極にあるものだなと思いました。
秋山:いまは心情的に「ロンサム・カーボーイ」かな。
コピーを書く時は、なるべく裏にあることや周辺を考えて書いています。
山根:裏にあることというのは、このコピーで言えばトロピカルのイメージや場所ですか。
秋山:例えばカヌーがあるとします。でもカヌーが海に浮かんでいる様子ではなく、かやぶき屋根のカヌーの停車場、そこにハイビスカスの大木がある、かやぶき屋根が砂浜まで下がっているとか、カヌーそのものではなく周辺を具体的に思い浮かべます。
山根:イメージ、妄想に近いものでしょうか。
秋山:ディテールのある妄想です。ほぼ風景。例えばカイマナ・ヒラ(ダイヤモンドヘッド)。そこを海から見たり、泳いで海面に上がったり下がったり。その向こうには火山が見える、みたいなことを考えます。
山根:その解像度の高いイメージに、ご自身の経験も加えながら「夏はハタチで止まっている」ができたんですね。