個人の問題ではなく、社会の問題。当たり前の問いや常識を疑っていく
橋口:ここまで話をしてきて、「世界を今より良い場所にする」と言っても、具体的にどうするの?と思われた方もいると思います。
この本では、そのために知っておくべき代表的な知識として、人権、ジェンダー、多様性、セクシュアリティ、気候変動などのテーマを取り上げています。中でも広告における女性の描き方は非常に議論になりやすいので、今日はジェンダーの話をしたいと思います。
世の中で社会的に男と女がどういう風に定義されているのかをよく示しているのが「選挙ポスター」だと僕は思っています。皆さんもよく目にすると思いますが、選挙ポスターのメソッドって「おっさんと若い可愛い女性」という組み合わせなんですよ。もう100パーセントそうなっています。
以前、官僚の方に「これって良くないですよ」と指摘したことがあります。官僚って実際に会って話してみると、とても優秀で、一流企業のビジネスパーソンみたいな人が多いんですけれど、全然気づいてないんですよね。「言われてみたら…」という感じで、当たり前すぎて気づけないんですよ。
桑山 :こういうポスターって、前年度の踏襲や実績ベースでつくることが多そうですよね。
橋口:そう。だからメソッド化されちゃっていて、「今年は誰をキャスティングしようか」から話が始まっているんだと思います。ここから読み取れるのは、今の世の中はおじさんが主人公とされていて、それだけではむさ苦しいから、にこやかで若い素敵な女性を脇に置いておこうくらいの気分でみんながいるっていうことです。
だから、このポスターを作った個人の問題でもないし、組織の問題でもなくて、実は社会の問題なんですよね。女性が本人の意思と関係なく、男性目線で笑顔やケアやホスピタリティなどのジェンダーロールを押し付けられているという。社会全体でこのジェンダー観の捉え直しをしていかないといけない。作った個人を批判するのではなくて、社会全体の構造が変わっていかないと、この構図は変わりません。
桑山 :そうですよね。広告の炎上でも、制作に関わった企業や個人がフォーカスされがちですけど、本当は「そういう認識、みんなあったよね?」というところで、社会の問題なんだと捉えて、変えていくにはどうしたらいいんだろうと考えたほうが健全です。
橋口:先ほど紹介したバービー展の仕事ではまさにそこを意識しました。既存の男らしさとか女らしさみたいなものを、どうすれば問い直せるかと。
桑山 :私が東海テレビで生理に関するCMを制作した時も、そのテーマに行き着くまでに、社会にある「○○らしさ」を問うCMにした方がいいんじゃないか、という議論を制作チームですごくしました。
桑山さんがプロデューサーとして関わった「生理を、ひめごとにしない。」CM
男性らしさ、女性らしさもそうですし、政治家らしさ、経営者らしさといったものもある。そういった「らしさ」を問う。それが先ほど橋口さんがおっしゃっていた、当たり前の問いや常識を疑っていくことにつながってくるのだなと感じました。
究極は「全員が当事者」。社会の様々な課題は互いにつながり合っている
橋口:今日、桑山さんにお聞きしたかったことがあります。ヘラルボニー創業者の松田さん兄弟はお兄さんが自閉症という原体験がありますが、桑山さんはそういう意味での当事者ではないですよね。僕は弟に知的障害があって、今思うと自分の物の見方にやはりすごく影響を与えていると思うんです。
直接の当事者性がない中で、ヘラルボニーの一員になっていて、さらに入社前の東海テレビの頃からも社会課題に取り組む姿勢が一貫しているじゃないですか。そのスタンスが非常に面白いと感じていて。
桑山 :障害の原体験は確かにないのですが、大切にしてきたポイントとして、メディアという出自があります。当事者ではないからこそ一歩引いたところで「これが社会にどう見えるんだろうか」「実際に世に出た時に消費者ってこれを買うだろうか」といった視点を持って臨んでいます。
あとは、東海テレビ時代に上司から振られた仕事で、障害のある方に取材してみたら、すごくチャーミングな方で、自分が持っていた障害のイメージが変わったという体験があって。そこに面白さを感じたんです。
その感覚の延長に、今の仕事もあります。ヘラルボニーで仕事をしていても、どんどん固定観念を裏切られ続けているので、それはすごく楽しいなって、いい意味で思っていますね。
橋口:なるほど。僕は「純然たる当事者じゃない」というスタンスが重要なのかなと思っていて。当事者じゃない人が関わって初めてスケールするんですよね。障害が身近な人ではない人を巻き込んで初めて障害をテーマにしたビジネスは成立すると思うので、そういう点でも桑山さんの視点が重要なのかなと思いました。
今回の僕の本で言うと、さっきのジェンダーの話も「女性の問題」として語られがちじゃないですか。そこに男である僕が取り組むことが重要で、当事者ではない自分が関わることで、そのテーマが広がっていくんじゃないかと思っているんです。
桑山 :確かにそうですね。当事者じゃなかったり、当事者層に近くないと、それを理由に「関係ないよね」と見られるかもしれない。でも「いやいや関係あるから、同じ社会に生きてるから!」ということは明確に言いたいなと思います。
橋口:桑山さんがおっしゃっているのは、「究極的には全員当事者」ということなんだと思います。
女らしさと男らしさも結局つながっていて、女性が「女らしさに縛られて生きづらい」と感じるということは、逆に男性も男らしさに縛られているということ。稼がなきゃいけない、強くなくちゃいけないと、実は男性も生きづらさに悩んでいますよね。
だから、女性が生きやすい世の中を作ることは男性が生きやすい世の中にもつながるんだと、この本の中では言っています。こういう問題って「マジョリティ対マイノリティ」みたいな問題図式に回収されがちじゃないですか。でも、そこを超えて「みんなの問題なんだ」と言っていかなきゃいけないと思っています。
桑山 :二元論で語られがちですよね。だから、やっぱり冒頭のレブリゼンテーションの話にも関わってくると思うんですけど、いろいろな人間も巻き込んで、混ぜながら交わっていくことがすごく大事だなと思っていて。絶対に少なからず意見や考え方、心地良いポイントが違ったりすることはあるなかで、引いた視点からその解決策を探っていくのがカギだと思います。
その際に大事なのが、冒頭でお話しされていた「べからず集」は解決策ではないということです。明確なブランドの意思を持って考えたり、行動していくことが、これからの時代にすごく大切になるんだろうなと感じています。
橋口:ヘラルボニーはその意思が明確ではっきりしていますよね。そして、障害者アートの世界に活動を留めず、さまざまな大企業とコラボレーションして世の中に発信を広げていっているところがすごいと思います。
桑山 :我々単体の力は限られているので、一緒に変えていく強力な仲間を増やしていって、障害に対する社会の見方を塗り替えたい。そんな気持ちでやっています。
橋口:これからのヘラルボニーの活動にも注目しています。今日はありがとうございました。
桑山 :こちらこそ、ありがとうございました。

今回のイベントでは、今回の書籍にアートワークを提供してくれたやまなみ工房の大路裕也さん、施設長の山下完和さんが前に出て話すシーンも。この日のために滋賀県から上京し、参加してくれた。
『クリエイティブ・エシックスの時代 世界の一流ブランドは倫理で成長している』
橋口幸生著/定価2,200円+税
現代のビジネスパーソンがいま知っておくべき、倫理(エシックス)とその事例を解説。「炎上するのが嫌だから守る倫理(コンプライアンス)」ではない、「ブランドをより魅力的に成長させるための倫理」を紐解く、はじめての書籍です。人権、ジェンダー、多様性、セクシュアリティ、気候変動などのテーマ別に、時代による変遷や、さまざまな具体事例もあわせて紹介。この一冊で、押さえておくべき必須教養が身につきます。