「君は顧客基点になれるか」〈前編〉(岩井琢磨×音部大輔)

コンサルティング・ファーム顧客時間での数多くの変革プロジェクトを通じて培われた実践知を初めて体系化した『THE CUSTOMER CENTRIC COMPANY 顧客基点経営10の実践』が4月1日に発売されました。これを記念して編著者の岩井琢磨氏と、2024年12月に刊行された書籍『君は戦略を立てることができるか』の著者である音部大輔氏の対談が実現。本書のおすすめの読み方や、デジタル時代にこそ立ち返るべき顧客基点について対談しました。前編、後編にわけてお届けします。

DX礼賛の中で気がついた マーケティングが持つべき顧客基点への回帰

音部:今回の書籍、大変おもしろく読ませていただきました。今日ぜひ聞きたいと思っていたのは、この本の核となっている「Customer-Centric Management Map(CCM Map)」の成り立ちについてです。

岩井:ありがとうございます。CCM Mapは顧客基点経営の全体像を理解するための、思考体系です。実はこのCCM Mapこそが、この本を書いた理由でもあります。
近年、多くの企業がDXを一気に進める状態が続いていました。しかし多くの企業で、他社への競合優位をどう築くかに意識が向き、自社の既存の経営様式をデジタルに置き換えることが優先されました。つまり顧客不在の状態で、DXを進めてしまったのです。その結果として、「DXは終わったはずなのに事業変革が起こらない」という後遺症を抱えることになりました。顧客時間ではこのような事態を避けるため、「顧客基点経営の実践こそがDXの目的である」という前提に立って、CCM Mapを変革の地図としてきました。いわば変革プロジェクトの中で生まれて鍛えられてきたのがこのMapです。

Customer-Centric Management Map © Takuma Iwai

当初のCCM Mapは「顧客体験」(CX)と「顧客理解」の項目しかありませんでした。ところが、実際にコンサルティングの実務で使いはじめてみると、「顧客体験」だけを描こうとすると方向性がぶれやすく、何でもありの状態になってしまいプロジェクトが迷走しがちでした。そこで、上位の「顧客戦略」や「顧客価値」など実現したいCXを描くための前提となる領域に加え、「事業目的」「事業組織」といった経営方針との整合を確認するようになりました。顧客体験は単独で描かれるべきものではなく、経営におけるすべての領域が連携してはじめて実現するという考えを示す現在の形へ進化していきました。

本書ではデジタル化の中で変化している顧客の生活を捉え、その生活を「より良いものにする」ためには、自分たちの会社をどう変革させていくべきか、をDXの問いとしています。読者の方々が自社の課題を抽出できるように、CCM Mapを軸として各領域の役割とつながりをどう考えるべきかを解説しています。

株式会社顧客時間 代表取締役 熊本県立大学 教授 岩井琢磨氏

CCM Mapの読み進め方

音部:なるほど、そうした経緯があったのですね。書籍ではこのCCM Mapに沿って解説が進んでいくので、一般的には左から右へ進む、もしくは時計回りに進めたくなるはずですが、実践1から9へはCCM MapをS字になぞるような流れですね。

岩井:その理由は、顧客時間でクライアントをサポートしているときに、「手順」の重要性に気づいたからです。顧客基点経営への変革プロジェクトには、多様な部署が参画して進めていきます。全員が共通する旗印である事業目的・事業目標・顧客価値・顧客戦略を先に定めないと、具体的な打ち手が散逸していき、優先順位が社内ヒエラルキーで決まるというカオスに陥ります。

「顧客体験」が核だから、まずはそこから考えようと思われる方も多いですが、それは違います。「顧客体験」から入ってしまうと、この体験で顧客は感動しました、だから成功事例です、という話になりがちです。そうなると、その顧客は本当に自分たちが動かしたかった顧客なのか、実現した価値は届けたいものだったのか、という一貫性がなくなってしまうのです。こうなると、顧客体験は美しいが、事業成果につながらない、ということになります。

音部さんの『君は戦略を立てることができるか』でも目的を解釈するという項目がありますが、これがプロジェクトにおいてはとても重要だと思います。顧客時間のプロジェクト資料の一枚目にはクライアント企業のパーパスを記してあります。もちろん、クライアントからすると「言われなくてもわかっていること」ですが、それが顧客価値という議論噴出する旗印を決めていくうえで、立ち戻る北極星になります。これがマップでいう「事業目的」です。

次に進めるのが「事業目標」です。目標を売り上げベースだけで語ると、出てくるのは販促計画になってしまい、顧客不在の議論になります。顧客が何人存在することを目標とするのか、という顧客ベースでそもそもの目標を立てていないと顧客戦略は決められないのです。

音部:「顧客価値」という言葉を見たときに、これを設定するのは少し難易度が高いように感じました。

岩井:「顧客価値」という言葉は、マーケティング教材の名著「マーケティング」(恩蔵直人著)にも出てくる、基本的なものです。しかし、それをどう決めるのかという方法論は、あまり知見が世に出ていません。さらに私たちが考えなければいけないのは、デジタル時代の「顧客価値」は、事業・商品・サービスが同じであっても、これまでとは変わってくるということです。

自社の商品基点で顧客価値を導こうとすると、商品スペックの範囲から抜け出すことはできません。そうではなくて、これからの「顧客にとってのより良い生活」とはなんだろう、と考えるべきです。顧客価値こそ、顧客基点で考えなくては自社の変革は起こりません。そのためには顧客はどういう暮らしを求めているのか、商品やサービスによってその暮らしの実現のために何を期待しているのか、そのために企業は何ができるのかという順番で物事を考えないと、変化を起こすことはできません。難易度は高いと思いますが、ここを徹底的に言語化することが、顧客基点経営の実現のためには欠かせないと思います。

音部:なるほど。実際にプロジェクトを進めていく中で、まさに実践知としてCCM Mapの順番になっていったというわけですね。

本書ではCCM Mapの①から⑨の順に沿って、解説が進んでいく。

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宣伝会議 書籍編集部

宣伝会議書籍編集部では、広告・マーケティング・クリエイティブ分野に特化した専門書籍の企画・編集を担当。業界の第一線で活躍する実務家や研究者と連携し、実践的かつ最先端の知見を読者に届けています。

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