記者との関係構築は、日常的な広報活動にとどまらず、事件や事故など、緊急対応が必要な時にも重要となる。ここでは、危機管理広報の観点から、メディア・リレーションズの重要性とそのあり方について広報・危機管理コンサルタントの大森朝日氏が解説する。
※本稿は2025年6月号『広報会議』より転載しています。
Q:危機対応において、記者との関係維持が重要なのはなぜ?
A:厳しくも本質を突いた記者の「見立て」が得られる
優秀な記者は、事件・事故のニュースバリューや今後の展開について、精度の高い「見立て」を持っています。例えば、その問題が業績に大きな影響を及ぼすか、行政処分や刑事罰に発展する可能性はあるか、経営トップの進退に関わるか、といった点を、知識や職業的な経験則に基づいて分析する力を備えています。
一方で、企業などの当事者は、自らが抱える問題を過小評価しがちな傾向があります。そのため、日頃から記者と情報交換ができるような関係性を築いておけば、不祥事に直面した際に、厳しくも本質を突いた有益な指摘を受けることができます。
組織の論理から距離を置くために
不祥事が起きた時に、記者と適切に対話できる広報担当者は、組織の論理から一定の距離を置き、自社の状況を客観的に見ることができます。不祥事を起こした企業は、再生への道筋をつけていかなければなりません。その過程において、社外の視点を経営にフィードバックする、広報の果たす役割は非常に大きいのです。
もちろん広報担当者も経験を重ねれば「このニュースはベタ記事か、社会面トップか、あるいは一面に載る話か」といった見立てを、ある程度持てるようになります。とはいえ、記者はそれを本業とし、日々鍛えているため、判断力に長けている。記者の見立てに耳を傾け、それをもとに議論することは重要でしょう。
ネット上では「マスゴミ」「オールドメディア」といった言説を目にしますが、そもそも記者の仕事は、権力の監視。公益性が高いものです。公正で正確な記事を書くために、職業訓練を受けている。そうした記者の特性について、ベテランの広報担当者はよく理解しています。「不祥事について悪く書かれるのは仕方がない」と受け止めている。ただし「正確に書いてほしい」と考え、記者と対話しているのです。こうした「透徹したものの見方」こそが、広報に求められる資質と言えます。
Q:緊急記者会見に集まる記者とどう向き合えばいい?
A:会見が長時間化。建設的な対話を促す準備を
重大な事件では、緊急記者会見のネット中継が一般的になりました。質疑応答の様子を視聴できるため、記者がどのような質問をしているかについても評価されるようになりました。
一方、ジャニーズ問題やフジテレビ問題を機に、会見が長時間にわたる傾向にあります。またフリーランスの記者の参加も目立ち、会見への参加が開かれたものになっています。もちろんフリーの記者の中にも優れた取材力を持つ記者はいます。ただ、すべての参加者が十分な取材経験や知識を身につけているとは限らず、質疑応答において、意見の表明にとどまる発言や、同じ質問の繰り返し、人権に関わる不適切な発言が見られる場面も出てきました。
マスメディアの影響力低下や、記者クラブの形骸化が指摘されるなか、「開かれた会見」は時代の趨勢ではありますが、現在のカオスの状態が良いとも思えません。今後は、例えば新聞や雑誌への掲載実績、あるいは著作物の有無といった、一定の実績の提示を求めるなど、会見への参加条件を見直すことも考えられると思います。
長時間の進行、再考が求められる
有事の記者会見は、適切に進行すれば1時間半程度で終わるものです。厳しい追及は当然ですが、たとえ重大な事案でも、10時間を超えるのは異常です。記者にとっても生産的とは言えません。「十分に説明責任を果たした」と印象づけるための“アリバイ的な時間稼ぎ”は見直さなければなりません。
事実を明らかにし、問題を追及しようと質問している記者との建設的な質疑応答によって、信頼回復につなげていく。そうした記者会見を実現するためには、誠実な姿勢を示し説明を尽くした上で、進行役が会見の秩序を保つために仕切る勇気も必要になっています。
Q:ネット炎上からメディア報道への波及、どう備える?
A:再発防止に向けた本気度の伝わる発表が鍵に
昨今はSNS上の騒動がメディア報道へ波及し、企業イメージが毀損されることは少なくありません。ネット炎上には大きく分けて2つのパターンがあります。ひとつは営業活動に伴うトラブル。もうひとつは、広告表現に関するものです。
営業上のトラブルが起きると、かつてはお客様相談室に電話が入り、担当者が現場に赴いて事態を収拾していました。ところが今は、対応前にSNSで写真付きで拡散され、大きな事件に発展することもあります。その象徴的な出来事が、2014年のペヤング ソースやきそばのゴキブリ混入問題。直近では、すき家のネズミ混入騒動も記憶に新しいことでしょう。
サプライズのある発表で潮目が変わる
SNS時代の広報対応は時間との勝負。すぐさまコメントを出すことが求められます。加えて、消費者の納得感を得るには、サプライズと言えるほどの踏み込んだ対応策が必要とされます。例えばペヤングは、問題発生後、半年間も販売を停止しました。すき家は全店で一時的に営業を停止する経営判断を下しています。いずれも、企業としての覚悟や本気度が伝わる、思い切った対応です。「この会社は、再発防止に向けて損失を覚悟でこれだけの対応をするのだ」と、好意的に受け止められる内容なら、メディアでの取り上げ方も、SNS世論の流れも変わっていきます。
広告表現のリスクを議論し備えを
広告表現をめぐる炎上については、東洋水産の2事例から学ぶべき点があります。ひとつは、2020年11月にTwitter(現X)で公開したPRマンガ。母親が洗い物をする場面に対し、性別による役割分担を固定化するものではないか、との声が上がりました。第2話の公開日を延期し精査する時間を設けた上で連載を再開しています。もうひとつは、今年2月にXで公開した「赤いきつね」のアニメCM。女性がカップ麺を食べる演出が「性的だ」とする声がSNS上で見られましたが、行き過ぎた批判としてメディアも同情的に報じました。
この2事例から分かるのは、企業がコンテンツを発信する際には、表現に伴うリスクを十分に議論しておく必要があるということです。表現は受け手によって主観的に解釈されるもの。意図しないかたちで不快に感じる人が現れる可能性があります。どのような意図でコンテンツを発信するのか、表現の背景や根拠を社内で共有することが重要です。
また消費者は、炎上後の企業の対応にも注目しています。一部の批判に過敏に反応し、安易にコンテンツを削除してしまうと「企業として表現に対する責任を持っていないのではないか」と受け止められる可能性もあります。議論や検証をした上でコンテンツ制作を進める。そうした備えがあれば、炎上してメディアからコメントを求められた際も、冷静な対応が可能になります。
