「自分が伝えたいことを、相手が受け取りやすい言葉で届けているか」――。職場の提案や家族とのやりとりから、日米首脳会談や喫茶店の貼り紙まで、あらゆる場面で相手の心を動かす鍵は「受け手本位」にあります。長崎新聞「平和企画」を手がけるコピーライターの鳥巣智行氏が、身近な例から政治・外交までを紐解き、立場を超えて思いを届ける「リボンのついたコミュニケーション」を解き明かします。
自分本位ではなく相手本位に
「総理就任以来、0時間〜3時間睡眠が常態化」
高市首相がXに投稿したポストが話題となった。多忙ぶりを表したものだったが、判断力の低下を危惧する声や、時間の使い方に関して批判的な意見が集まった。その後国会で「ゼロから3時間睡眠が常態化するほど働いてきたにもかかわらず、内閣支持率が下落している原因をどう考えているか」と問われると「原因を分析するのは困難で、わからない」と答えてふたたび批判を浴びた。
こうした発信からは、その言葉が国民にどう届くかという視点があまり感じられない。伝え方の粗さばかりが目につくが、高市首相の発言で見事だと感じたものがある。
「世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルドだけ」
少し前のことになるが2026年3月19日、ワシントンで開かれた日米首脳会談。その冒頭で高市首相が放ったこの一言になぜ感心したのか。その話をする前に、まずサッカーの話からはじめたい。
「リボンのついたパスを出しなさい」
サッカーをやっていた友人が、学生時代に監督に言われた言葉だという。リボンのついたパスとは「受け手のことを考えたパス」のことだ。ただ強い球を蹴れば良いのではない。受け手がいちばんプレーしやすいコースへ、いちばん扱いやすいスピードで、まるでプレゼントにリボンをかけて手渡すように、パスを出しなさいという教えだ。
その話を覚えているのは、コピーライターとして駆け出しのころ先輩に教わったことと同じだったからだ。
「自分が言いたいことを、相手が言ってほしいかたちで伝える」
それがコミュニケーションの基本だと教わった。たしかに広告は、自己中心的になりがちだ。「この商品はこんなに素敵です」「私たちは素晴らしいブランドです」。そう言いたいところだが、それをそのまま言ってもだれも振り向いてはくれない。
だから「この商品が、あなたにとってなぜ必要なのか」「このブランドがあなたの暮らしをどう良くするか」と言い換える。それが広告コミュニケーションの基本的な技術だと教わった。
コミュニケーションには、必ず相手がいる。自分本位ではなく、相手のことを考えて、リボンのついたパスを出すこと。それはコミュニケーションの基本であると同時に、分断を乗り越えるときにも重要になる考え方だろう。
リボンのパスで成功したゼクシィ
リボンのかかったコミュニケーションが分断を乗り越えた事例として、2017年のリクルート「ゼクシィ」の広告を紹介したい。博報堂の坂本美慧さんが手がけた「結婚しなくても幸せになれるこの時代に 私は、あなたと結婚したいのです。」というコピーは、この年のTCC最高新人賞にも選ばれた。
思い返せば、この広告が世に出た2017年前後は、「結婚はコスパが悪い」という言葉や考え方が、ネットやメディアを賑わせていた時期だった。調べてみると2015年に、AERAがまさに「結婚はコスパが悪い」という特集を組み、論争の火付け役となっている。
またこの頃、従来の当たり前とされていた結婚観や家族観が見なおされ、同性パートナーシップのひろがりや事実婚、独身でいることも含めて多様な生き方が尊重されるようになっていった。それは時代が前に進んでいる証でもあった。
多様な生き方が尊重されることは社会にとってはプラスだが、結婚情報誌にとってはどうだったか。ともすれば古い価値観を押し付ける存在として、結婚の必要性を感じていない人たちから敬遠されかねない状況ともいえる。その逆風ともいえる空気をこの広告では「結婚しなくても幸せになれる」と、まず肯定した。結婚しない生き方を認めたことで、結婚制度に疑問を持っている人にも届く言葉となった。そのうえで「私は、あなたと結婚したいのです」と、結婚の価値を伝えている。
結婚したい派と、しなくてもいい派。どちらの考えも否定せずに、結婚することの価値とゼクシィの姿勢を伝えることに成功した。受け手のことを考え抜いた、見事な「リボンのついたパス」だと思う。
